2018.08.31 |暮らし    2

85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第27回 油断大敵】

 伝説の編集者にして、ジャーナリストの矢崎泰久さんは、85才。1965年に創刊し、才能溢れる文化人、著名人などを次々と起用して旋風を巻き起こした雑誌『話の特集』の編集長を30年にわたり務めた経歴の持ち主だ。

 テレビやラジオでもプロデューサーとして手腕を発揮、今なお、世に問題を提起し続けている。

 数年前からは、自ら望み、妻、子供との同居をやめ、一人で暮らしているという矢崎氏に、その理由やライフスタイル、人生観などを寄稿しいただき、シリーズで連載している。

 今回のテーマは「油断大敵」だ。

玄関ドアに鍵をかける矢崎泰久氏

無事に一人暮らしを続けるために心がけていることとは・・・

 * * *

過信は油断につながる

「お年にはみえませんね」と、言われると、悪い気はしない。しかし、これは一種のおとし穴である。その気になってはいけない。

 肉体というものは、日々確実に衰えている。それが老人の特色なのだ。絶対に甦ったりしないと心得るのが大切だと思うようになった。日、一日と退化する。

 その事を承知した上で、体調を如何に維持するかが、老いたる者の覚悟だと思う。つまり、無理をしてはならない。ドアの閉じかかっている電車に飛び乗ろうとしたり、信号が変わりかけている横断歩道に向かって駆け出す。これほどの危険は他にない。

 ところが、わかっていても、自己過信することがある。うっかり魔が差す瞬間が誰にでもあるのだ。

 どちらかと言えば、冷静沈着な俳優の小沢昭一さんが、亡くなる3年程前に、エレベーターの扉を開けて待ってくれている人の期待に応えようとして、果敢にスライディングして大怪我をした。顔面傷だらけになったのだ。

 役者にとって大切な顔を台無しにしたのである。なかなか治らない。その時、しみじみとした口調で、「年を取ると治りも遅い。一瞬がそれだけでは終わらなくなる」と、嘆いていたことを思い出す。

 過信することは、油断につながる。正に油断大敵なのだ。

 公園を散歩していて、転がってきたサッカー・ボールを思い切り蹴って返そうとする。これも危険極まりない行為の一つである。身の程を弁(わきま)えていない。足腰を痛めて大事故につながる。私のように少年時代にサッカーをやった人間ほど危ない。

 ジャーナリストの本多勝一さんは、私より1才年長だが、足腰は私よりずっとしっかりしている。久しぶりに会ったら「山登りしよう」と誘われて、慌てて断った。本多さんは信州伊那谷の生まれなので、南アルプスの麓で育った。しかし、京都大学では山岳部に所属していた。

「俺、人生の最後に登る山を取ってあるんだ。南アルプスの聖岳(ひじりだけ)だけど、良かったら一緒に行こう」と言った。しかも5月頃に登る計画を立てていたのである。

 聖岳は、3000メートル級の山である。老人が独りで登れる山ではない。何とか思いとどまらせるしかなかった。

「どうしても行くなら、遭難覚悟で行くしかない。誰か若い仲間と行ってくれ」と私は忠告したが、どうなることか心配でならない。本多さんは約束を忘れたり、待ち合わせの場所を間違えたり、都会ではのべつ失敗を重ねている。

 年の割に自分はしっかりしていると思うのは、危険視号と思うべきだ。

命が大切。戦争も死刑もあってはならない

 当たり前のことだけど、一人暮らしをしていると、何事も自分でやるしかない。面倒臭がっては、何ひとつ片付かない。怠惰が一番始末に悪いのである。片っ端からやらないと、たちまちゴミは溜まるし、部屋中が汚れる。整理が悪いと、あらゆることに次々に齟齬が生じる。

 体調を壊しても、少しは多少の無理をしなくては、何も進まない。「頑張れ!」と自分にのべつ言って聞かせる。ま、老いて益々勤勉を旨とすべしなのだ。そのことで、油断を排除することが出来る。

 もっとも油断などしていられない境遇にある人だっている。私の70年来の親友である写真家の藤倉明治は、なかなかの勇者だ。

 ある日、息子夫婦が生まれて3か月の赤ちゃんを実家に置き去りにした。藤倉君の妻は当時寝たきりの病の床にあり、彼自身も脚が悪く車椅子生活だった。それなのに、孫の面倒をほとんど一人で見ていたのである。

「やればできるもんだね」と、藤倉君は事もなげに言う。命の大切さを思い知らされたとも。実に偉い奴だと感心してしまった。自由こそが命と思って生きている私にとっては、とうてい考えられない状況である。実に偉い。但し、これも油断大敵の一種だ。

談笑する矢崎氏と藤倉氏

藤倉氏(右)とは70年来の親友だ

 やっぱり人間には、生命が何よりの幸せだということに思い至る。誰の命もかけがえがない。そうえあれば、生きとし生ける者の存在が実感として伝わってくる。命を粗末にしてはならないと気づくことによって、いろんなことが可能になってくる。

 命を守ることが何より大切であるとすれば、戦争も死刑もあってはならない。命は宇宙に等しい重さがある。自由を失えば無に帰してしまう。

 だから夢、油断してはならない。日本の政治が悪い事だって、私たちの油断が原因に他ならない。腐敗した権力にストップかけられないのも同じである。老人よ決起せよ!

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

【このシリーズの記事を読む】

第1回 そもそものはじまり
第2回 老いはするが老人にはならぬ
第3回 自由って何だろう
第4回 おいしい生活
第5回 通院の帰り道
第6回 好色のすすめ
第7回 夢の続き
第8回 耽るということ
第9回 テレビの功罪
第10回 遊び
第11回 ギャンブル好き
第12回 便利は復讐する
第13回 老作家が描くエロスの凄み
第14回 スマホって何だろう
第15回 不倫スキャンダル
第16回 明治維新と向き合う
第17回 無駄遣い
第18回 ラブレター
第19回 老いらくの恋
第20回 料理人(シェフ)はアーチスト
第21回 エロティシズム礼賛

第22回 泰久塾縁起
第23回 養老院(ホーム)探訪記
第24回 老スモーカーの独白
第25回 トルとドス
第26回 さらば友よ

【関連記事】

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  1. 赤井ちえこ より:

    祖父が良く、縄跳びをしている私に「上手に飛べてえらいね。おじいちゃんはもう飛ぶことができないんだよ」と笑いながら言っていました。
    その時は、なんでジャンプできないの?くらいしか思いませんでしたが、今ならそれが老いなんだとわかります。86歳の祖父に無理に縄跳びさせなくてよかった…(;’∀’)

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  2. nori より:

    矢崎泰久氏の「85歳。ああ一人暮らし快適なり」
    今回のテーマは油断大敵でした。
    飄々と人生を満喫されているようでしたが、やはり気を使ってらっしゃる。
    「過信は油断につながる」とか「年の割に自分はしっかりしていると思うのは危険信号」などと、我が身をよく自覚され慎重に行動されてることが伺えます。
    そして命を大切にし、まだまだ国へ意見していく。
    「老人よ決起せよ!」
    そうです。隠居などしてられません。

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