2019.02.07 |暮らし   

何気ない日常に潜む、目に見えない拘束【スピーチロック】

 介護をしていない人にとっても、介護にまつわる様々の問題は決して他人事ではないはずだ。自宅で、施設で、今、介護の現場で起こっていることを掘り下げ、その真実に迫る。

 シリーズ連載2回目も、1回目に引き続き「身体拘束」について考える。

 ベッドや椅子に縛り付けることだけが身体拘束ではない。扉や窓に本人が解錠できないカギをつけるのも広義の意味での身体拘束だ。ただ、拘束帯やカギは目に見えるだけ分かりやすい。対処が難しいのは目に見えない拘束。実はこれが最も厄介だ。

→介護の知らない世界【身体拘束】その1 見落としがちな危険

高齢の女性の肩に手をかける女性

何気なくしている行動が虐待につながる可能性も…(写真/アフロ)

 * * *

スピーチロックは日常の延長線に

 テレビの予約録画の方法やスマホの使い方を何度も聞いてくる老親に対して、「もー、こないだも教えたじゃない、メモしといてよっ」とか、

 孫にせがまれるままに何でも買い与える老親に、「そいうのやめてって言ってるでしょ、何回言わせるのっ」など、ついつい声を荒げてしまった経験はないだろうか。

 赤の他人であれば冷静に対処できそうなのに、相手が親だとこちらにも甘えが出てしまうのか、言葉が乱暴になりがちだ。

 言ってしまったあとに「ちょっと言い過ぎたかも……」、反省はするもののすぐに忘れて同じことを繰り返す。
 
 たぶんどこにでも転がっている平和な日常風景だ。

「でも、そうした日常の延長線に身体拘束と虐待があるのです」

 そう語るのは有料老人ホーム メゾン・ド・グリーンの管理者 猪熊麻里枝氏だ。

猪熊麻理恵氏

猪熊麻里枝氏。有料老人ホーム メゾン・ド・グリーン(群馬県みどり市)の管理者。看護師・介護福祉士に加えメンタル心理カウンセラーの資格を持つ

「被介護者に対して、介護する側が『じっとしててっ』『◯◯しちゃだめ』『ちょっと待って』など言葉で行動を制限することをスピーチロックといいます。目に見えない拘束ですが、介護の初期段階から起こりやすく、重大な虐待にもつながりやすいから注意が必要です」(猪熊氏)

息子の告白

 筆者も両親を自宅で介護した経験がある。

 父親は晩年、モルヒネも効かない癌の痛みに苦しんだ。

 真夜中、父の部屋からうめき声が聞こえてくる。心がすり潰されそうな憂鬱な声だ。しばらくすると「おーい助けてくれ」と弱々しくこちらを呼ぶ。

「どうした?」行って尋ねると、寝たままでは背中が痛いから座りたいのだという。が、自分で身体を起こす体力はない。

 ベッド脇にある椅子への移乗を手伝うと、安心したように「ああ、楽になった」と息をつく。

 しかし、また30分もすると今度はベッドに戻りたいといってこちらを起こす。これが一晩中繰り返される。

 翌日に重要な仕事がある日などは気分がささくれる。「もういい加減寝てくれよ」と言ったことが幾度もあった。思い返せば立派なスピーチロックだ。

「統計には現れませんが、自宅介護でのスピーチロックは日常茶飯事です。最初は『◯◯しないでね』と優しく言っていても、だんだん『何度言ったらわかるのっ』ときつい言葉になってくる。最終的に手を上げる、完全に無視する…などの虐待に結びつく。世間で起きている介護殺人の前段には多くの場合、こうしたスピーチロックがあると言われています」(猪熊氏)

 ではどうすればスピーチロックから虐待へのマイナスの流れを回避できるのだろうか。

「まずは抱え込まないことです。老老介護などのお宅を見ていると、『妻のことはオレが一番わかっているから』みたいな感じで、外部の介入を拒むケースがままあります。そういうお宅にかぎって家の中がひどく散らかっていたり、お風呂介助もされずに被介護者が不潔なままだったりします」(猪熊氏)

 筆者宅の場合は、姉の陣頭指揮のもと介護保険をギリギリまで使い倒してなんとか切り抜けた。一時期は両親二人分の訪問看護・介護のスタッフが入れ替わり出入りする賑やかな介護だった。

「外部の目」を招き入れることで、ある種の緊張感も生まれたし、他人が介在することで両親とそれまでになかったコミュニケーションが取れたようにも思う。
 
 母が失敗を繰り返しても、ヘルパーさんの前だと笑っていられる。

『外ヅラがいいだけのバカ息子』と言えばそれまでなのだが、実際そうした状況に度々救われた。

施設でのスピーチロック

「老人ホームなど、施設の介護でもスピーチロックは問題になります」(猪熊氏)

 介護付き有料老人ホームに入居して2年目、認知症気味のA さん(男性80代)は夕方になると『家に帰りたい』といってそわそわし始める。

 いつもはスタッフの誰かがAさんを車椅子に乗せ、世間話をしながら施設内をひとめぐりする。これだけで不思議と落ち着いてくれる。

 ところが手が空いているスタッフがいないときも多い。

「そろそろ家に帰る時間なんだけど」

 何度も呼びかけるAさん。

 別の仕事にかかりきりのスタッフは「ちょっと待っててっ」と思わず突き放してしまった──。
 
「認知症であっても人の喜怒哀楽は正確につかめます。何度も呼びかけられたスタッフが、イライラしたまま言葉を発すると、これを聞いたAさんの方も気分を害し、ストレスから徘徊などの問題行動につながる。結局スタッフの手間が増えてしまうことになりかねません。きちんと説明することが肝心です」(猪熊氏)

 ──今こっちの片付けをしているので5分ほど待っててくださいね。

「ちょっと待ってて」を上のように言い変えるとどうだろう。

「ちょっと」とはどのくらいの時間なのか、なぜ待たせるのかを具体的に説明すれば言葉を受け取る側も安心できる。

「また介護する側もきちんと説明することで情報の整理ができます。これを5分で終わらせてAさんのところに行くぞ、となって仕事の効率化にもつながる」(猪熊氏)

 被介護者に対して、子供を叱るような態度になっていないか。相手が不快になるような言葉を使っていないか、まずは自分の言動を振り返ってみることだ。

「いきなりゼロにするのは難しいのかもしれませんが、『やらない』と決めることで新たなコミュニケーションの可能性も出てくるはずです」(猪熊氏)

※次回は2月14日公開予定。

撮影・取材・文/末並俊司

『週刊ポスト』を中心に活動するライター。2015年に母、16年に父が要介護状態となり、姉夫婦と協力して両親を自宅にて介護。また平行して16年後半に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了。その後17年に母、18年に父を自宅にて看取る。現在は東京都台東区にあるホスピスケア施設にて週に1回のボランティア活動を行っている。

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