2019.03.01 |暮らし   

86才、一人暮らし。ああ、快適なり【第39回 誕生日異変】

 ジャーナリストで作家の矢崎泰久氏は、1960年代に創刊し、一世を風靡したカルチャー誌『話を特集』の編集長を30年にわたり勤めた経歴の持ち主だ。

 文壇、アート、エンターテインメントとジャンルを超えて幅広い人脈を生かし、矢崎氏自らも、編集者、作家、プロデューサーとさまざまな顔を持ち、活躍してきた。

 現在は、あえて妻、子と離れ一人暮らし中。世に問題を提起し続ける、“矢崎らしさ”を貫く、生き方、信条などを連載で執筆いただくシリーズ、今回は、ご自身のお誕生日にまつわるエピソード。86才を迎えた心境とは?

煙草を吸う矢崎泰久氏

煙草を吸うことも「矢崎らしさ」のひとつ

 * * *

86才になった

 毎年1才歳を取る。まったく当たり前なことなのだが、1月30日に86才になった私には、突然大きな変化があった。

「おめでとう!」という祝福の言葉が、驚くほど多数届いた。

 やれやれ、また1つ歳を重ねてしまった。そんな感慨が強かっただけに、私は正直びっくりしたのである。

 もともと私の世代、つまり昭和ヒトケタ世代には、誕生日を祝うという習慣はほとんどなかった。

 少年時代は戦争中だったし、戦後もハッピーには縁遠いイメージだった。とにかく50代を過ぎるまで、自分の誕生日など完全に忘れて生きて来たように思う。

 つまり、誕生日そのものに馴染みがなかった。

 それが、カードを送られたり、メールが届いたり、食事に誘われたり、花を戴いたりしたのだから、すっかりあわてた。

 素直に喜んだらいいのだろうが、妙にそわそわ落ち着かない日々を過ごすことになった。

 心のどこかで、喜べない気持ちがあったのである。そんなわけで、疲れ果てている自分を持て余していた。

 年末に、四国と沖縄を旅して、体調を崩した。でも、自分は元気印が取り柄だからとなるべく平然と振る舞っていた。その無理が祟ったのだろう。

 そこに誕生日の祝賀ラッシュが襲った。精一杯はしゃいで見せて、結局くたくたになった。

 レストランでバースデー・ケーキに灯ったローソクの灯を一気に吹き消す時は、穴があったら入りたかった。店内にいた初めて会った方全員が「ハッピー・バースデー」の歌を合唱。口々に「80才を超えられているなんて思えませんね」なんて、お世辞を言ってくれる。

「どうも、ご迷惑かけて…。もうすぐあの世へ行きます」なんて照れて叫んでいる私。実に嫌な爺さんではないか!

「ありがとう!」「とてもハッピーです」と嘘でも喜々としたら、可愛かったのに。もちろんすでに後の祭り。祝ってくれた友人にも、何と言う失礼な態度だったか。思い返せば恥ずかしい限りである。

 自慢するわけではないが、同年配の男たちの中では、私は飛び抜けて、若くて元気だ。

 どこかで無理をしているに違いないのだが、これが習い性なのだから仕方な。気の利いたことを言って、ウケを狙う。それが楽しい。

若い人と付き合うべき

 実を言うと、私は若い人たちからエネルギーを貰って生きている。

「泰久塾」という私塾を20年程やってきた。むろん、私より皆若い。当たり前であるが、その一人ひとりの熱気が、ずっと私を勇気付けてくれていた。

矢崎泰久氏

「泰久塾」を始めてから20年。塾生とは長い付き合いだ

 もちろん、一緒に年輪を刻んで来たのだが、私よりは何時までも若く、発想はやはり新鮮だ。

 同輩の諸兄姉には、自分より1才でもいいから、若い人とのお付き合いを勧めたい。そこには、未知の魅力が充満している。

 師弟関係を単なる上下として捉えてはならないと思う。太陽ほど輝かしい存在ではないにしても、無数の惑星が遠近を保ちながら、その周囲を巡っている。距離感は寄り添うことで常に永遠なのだ。

 いろいろな個性が交流することで、思いがけない世界が広がる。命ある限り生きようと私が決意し、楽しい毎日を希求するのは、やはりそんな友人がいるからだろう。

 ケイタイ電話には、待ち受け画面なるものがある。私は北アルプスの穂高岳をずっと愛用していたが、最近になって、ある女性に変更した。とびきりの若い美女である。名前は穂高に源を発する川と同じだった。

 告白すると、某テレビ局でニュースを担当している人だ。人目観て、恋の擒(とりこ)になった。

 むろん、その人にとっては、迷惑千万な事に違いない。

 寝る前の1分、早朝目覚めた時に1分。私たちは見つめ合うのが日常になっている。

 名前は分かっているが、秘密である。むろん、誰にも教えない。

 誕生日の朝、驚いたことに、彼女が突然動画になって「おめでとうございます」と言ってくれた。まさか!

 今年の誕生日は不思議の連続だった。生きているということは、やっぱり嬉しいとつくづく思った。

「ドカンと一発やってみようか!」そう思うと全身に新しい力が甦ってくる。いつまで生きるやら、そんなことは知らん。

 かくして、すっかり元気になった。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

【このシリーズの記事を読む】

第1回 そもそものはじまり
第2回 老いはするが老人にはならぬ
第3回 自由って何だろう
第4回 おいしい生活
第5回 通院の帰り道
第6回 好色のすすめ
第7回 夢の続き
第8回 耽るということ
第9回 テレビの功罪
第10回 遊び
第11回 ギャンブル好き
第12回 便利は復讐する
第13回 老作家が描くエロスの凄み
第14回 スマホって何だろう
第15回 不倫スキャンダル
第16回 明治維新と向き合う
第17回 無駄遣い
第18回 ラブレター
第19回 老いらくの恋
第20回 料理人(シェフ)はアーチスト
第21回 エロティシズム礼賛

第22回 泰久塾縁起
第23回 養老院(ホーム)探訪記
第24回 老スモーカーの独白
第25回 トルとドス
第26回 さらば友よ
第27回 油断大敵
第28回 妄想のタイムラグ
第29回 甘えは怖い
第30回 貯金嫌い
第31回 七転び八起き
第32回 どうするかい同窓会
第33回 ハッケヨイ
第34回 ヘルプ・ミー
第35回 不可能にチャレンジ!
第36回 不思議大国
第37回 早し良し
第38回 生きる工夫

●永六輔さんの「魔法の言葉」 ”本当の姿”追った孫が解説

●黒柳徹子実践の健康法「ご飯3膳半」、糖質摂りすぎ大丈夫?

●『九十歳。何がめでたい』1万通超の読者ハガキにみる人生訓

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