2019.03.15 |暮らし   

86才、一人暮らし。ああ、快適なり【第40回 映画館へ行こう】

 ジャーナリストで作家の矢崎泰久さんは、現在86才。あえて家族と離れ、一人で暮らす。

 一世を風靡したカルチャー誌『話の特集』を創刊し、30年にわたり編集長を務めてきた矢崎氏は、文壇のみならず、アート、エンターテインメントの世界でも幅広い人脈をもち、自らもテレビや舞台のプロデューサーとしても活躍してきた。

 独自の生き方を貫く矢崎氏の来し方、暮らしぶり、信条などを連載で執筆いただくシリーズ、今回のテーマは映画だ。

喫茶店のカウンターに座る矢崎泰久氏

矢崎氏は監督、役者との付き合いも多いという 

 * * *

熱狂的な映画少年だった

 中学・高校の時代と言うと、今から遥か70年以上も前である。

 戦後からの数年間に当たるが、当時私は、熱狂的な映画少年だった。

 中学3年生の時には、「映画研究会」というサークルを作って、学校に近い下北沢・渋谷・新宿を中心に、無料または割引券で入れる映画館を20ほど獲得することに成功した。

 我ながら大した腕前だ。

 GHQにはCIEという組織があって、映写機(技師も)を無料で貸し出してくれた。

 アメリカのPR映画(短篇)の他に劇映画も上映してくれる。それに眼をつけた我がサークルは、同級生にフランス映画の輸入をやっている家の子がいたことから、ヨーロッパ系の名画をタダで借り受け、学校の講堂で入場料を取って毎月1回上映していた。

 生徒だけではなく、町の人にもチケットを売って、サークルの活動資金を作った。

 機関紙を毎週発行して、そこに映画館の広告もチャッカリ掲載して、入場無料のチケットを大量に入手したりしていた。

 私には、つまり、そういう過去があるということをお伝えした上で本題に入る。

 大学を出て新聞社に入ってからは、超多忙で、滅多に映画館に行くチャンスはなかったが、フリーになってからは時間を見つけて映画館通いが復活した。

 ところがである。80才を超える頃から異変が起きた。

 青春時代は女の子を誘うことも稀にあったが、私は一人で映画を観ることが原則だった。

 好きな時間に、好きな映画を楽しむには、一人に限るからだ。つまらなかったら途中で出ることも出来たし、面白かったら何回も(今はそれがほとんど出来なくなったが…)居続けて、徹底的に観たものである。

 昨今では、チケットを買うのも、窓口ではなく自動販売機だし、席まで指定しなくてはならない。しかも同じビルの中に幾つもの上映場所があって、辿り着くのにウロウロさせられる。

 本篇が上映されるまでに、CMやら案内やらが流れ、その上、予告篇が延々と映る。つまり、私は次第に睡魔に襲われ、映画が始まる頃には眠りについてしまう。

 ストーリーもわからない上に、ラスト・シーン近くの高いボリュームの音楽によって、ようやく目覚める。そのままは次は観られないシステムだから、結局は映画館で昼寝して帰宅するハメになる。

 これを何回か繰り返して、私は主義を変えることにした。

誰と映画を観るべきか…

矢崎泰久氏

映画は一人で観ると決めていたのだが…

 声をかければ付き合ってくれそうなガールフレンドに片っ端から電話をかける。

「いいわよ」と、言ってくれる女性(異性の方がいいに決まっている)が見つかったら、こちらの主張は最小限に控えて、日時・映画の種類・場所などを約束する。とにかく、ここは我慢だ。時には、ランチやディナーの要求も受け入れなくてはならない。

 寝たら起こしてもらうというのが目的だから、たいていのことには耐える。なるべくなら若い美女を望みたいところだが、贅沢を言っている場合ではない。もちろん相手の都合も尊重する。

 終わって薄暗い会場を後にする時には、転ばぬ介護もして下さる人がいい。うんと年齢が離れてしまうと、私も気を使ってしまう。この辺りがなかなか難しい。

 世代の断絶もあるし、趣味が違い過ぎても困る。予想以上にパートナーを選ぶのは大変なのである。

 少しずつ誘うコツがわかってきて、手帖のリストも年代別に独身・既婚など整備されてきた。問題は連れがいる場合の当方の心の準備である。

 費用は私が負担する。時間があれば、映画を鑑賞した後に軽くデート。ほとんど労って下さるから、送迎には気は使わないが、なるべく楽しい雰囲気としたい。

 その為の配慮は、昔取った杵柄(きねづか)なるものが、私には豊富にある。

 ま、恐らく誰にも負けないだろう。肉体的には、現実に人畜無害の身であるが、手練手管は熟知している。相手なりに喜ばせる自信はある。

 実は、何よりも案外これが大切なのだ。

「また、映画に連れて行って!」と、言ってもらえることが必要なのだ。

 最近、試写会で観た傑作ドキュメンタリーを紹介しておきたい。

『作兵衛さんと日本を掘る』(熊谷博子監督作品)。5月25日(土)から全国でロードショウが始まる。

 日本という国の本質が見える傑作だ。

 老いを脱出するために、映画館へ行こう!

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞

記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

【このシリーズの記事を読む】

第1回 そもそものはじまり
第2回 老いはするが老人にはならぬ
第3回 自由って何だろう
第4回 おいしい生活
第5回 通院の帰り道
第6回 好色のすすめ
第7回 夢の続き
第8回 耽るということ
第9回 テレビの功罪
第10回 遊び
第11回 ギャンブル好き
第12回 便利は復讐する
第13回 老作家が描くエロスの凄み
第14回 スマホって何だろう
第15回 不倫スキャンダル
第16回 明治維新と向き合う
第17回 無駄遣い
第18回 ラブレター
第19回 老いらくの恋
第20回 料理人(シェフ)はアーチスト
第21回 エロティシズム礼賛

第22回 泰久塾縁起
第23回 養老院(ホーム)探訪記
第24回 老スモーカーの独白
第25回 トルとドス
第26回 さらば友よ
第27回 油断大敵
第28回 妄想のタイムラグ
第29回 甘えは怖い
第30回 貯金嫌い
第31回 七転び八起き
第32回 どうするかい同窓会
第33回 ハッケヨイ
第34回 ヘルプ・ミー
第35回 不可能にチャレンジ!
第36回 不思議大国
第37回 早し良し
第38回 生きる工夫
第39回 誕生日異変

●永六輔さんの「魔法の言葉」 ”本当の姿”追った孫が解説

●黒柳徹子実践の健康法「ご飯3膳半」、糖質摂りすぎ大丈夫?

●『九十歳。何がめでたい』1万通超の読者ハガキにみる人生訓

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