2019.04.12 |暮らし    1

86才、一人暮らし。ああ、快適なり【第42回 笑って死にたい】

  イチローが引退を発表し、日本のみならず世界中に衝撃を与えたことは記憶に新しい。メジャーリーグベースボールの中継を欠かさず観ているという矢崎泰久氏も、イチローの引退には強く胸を打たれた一人だ。

 1960年代に創刊し、若者の心を鷲づかみにし話題を呼んだカルチャー誌「話の特集」を創刊、30年にわたり編集長を務めてきた矢崎氏に、86才になった現在の心境、生き様を連載で綴っていただくシリーズ、今回のテーマは、そのイチローだ。引退会見で語られたイチローの想いに、矢崎氏の心が動いた!?

海を背にお気に入りのボルサリーノ(帽子)に手をやる矢崎泰久氏

イチローが語った「笑って死にたい」という言葉に込められた想いを読み解く

 * * *

「笑って死にたい」

 それは、私の言葉ではない。突然、引退を発表したイチローが、決意を述べたものだ。

 45才にして限界を悟ったイチローは、引退の理由として、「笑って死にたい」と言った。

 恐らく彼にとって、ベースボールを辞めることは、死に等しいのだろう。

 イチローほどの経歴(キャリア)があれば、引退後も引く手数多(あまた)に違いない。誰しもそう思う。ところが現役プレイヤーにこだわり続けた彼にとっては、死に等しい出来事だった。

 このストイックな姿勢こそが、イチローが達成した前人未踏の記録を生んだに違いないと思う。

 私たち凡人は、平気で「第2の人生」とか、「老後の楽しみ」などと口にするが、とんでもないことだと、思い知らされた。

イチローの一途な思いに胸を打たれた

 実を言うと、私はイチローがあまり好きではなかった。大変な努力と鍛錬によって、スーパースターの座を獲得したことは間違いないが、言動が生意気な上に、大金持ちになってからもドリンク剤などのテレビCMに出ていることが気に食わなかった。

 ファンあってのプロ野球選手なのに、何様だと思っているのだという、不快感すら持っていた。

 ところが、眼にいっぱい涙を浮かべて「ボクはアスリートとしてしか生きる術がない。打てなくなったら、それは死ぬことなんだ。後の人生なんて、ボクには残されてない」と、しみじみ語っているではないか。

 これほど思い詰めているスターを、かつて見たことはなかった。友達と喧嘩をして、コテンパンにやっつけられた少年のようである。

 この純粋さに感動した。私たちは、ともすると逃げ道を考えたり、少しでも楽をして生きたいと願ったりする。

 それが「ボク、どうしよう。もうこれでお終いなんだ」と、手放しに自分を曝(さら)け出す。

 自分が築いて来た様な実績や栄光にいささかもこだわらない。プレイヤーを辞めたくなかったという一途な思いに、私はすっかり打たれてしまった。

「笑って死にたい」という言葉の意味が光り輝いている由縁がここにある。

肉体が衰えても諦めない貪欲さが蘇生につながる

壁を背にボルサリーノ(帽子)に手をやる矢崎氏

笑って死ねたら…これ以上の幸せはないのかもしれない

 私たちは、笑って死ねたら、それ以上の幸せはない。そのことをもっと眞険に考えなくてはならないのではないか。

 それは何よりも、自分に正直な生き方をどれだけしてきたかと言うことにつきる。妥協する、小狡く立ち回る、他人を貶(おとし)める、損得に拘泥する、安全を求めて裏切る…。胸に手を当てて、考えてみるがいい。

 自分の精神を見殺しにして生きる人生なんて、余りにも悲しい。誰もがそう思って、自らに忠実になることができるならば、そこにこそ生き甲斐があるのではないか。

 限界ギリギリまで挑戦することの大切さを現代人は、忘れているような気がしてならない。

「もう年だから、無理だよ」

 確かに次第に無理が通用しなくなっている。肉体的にも精神的にも、衰えていく。あちこちに不具合が起きる。だが、それでも諦めない貪欲さこそが、私たちを蘇生させてくれるに違いない。

 わかり難いかも知れないが、笑って死ぬというのは、人間の尊厳にも関わっている。プライドをなくしてまで生きたくないという究極の選択でもある。

 イチローは、自宅に大きなトレーニング・ルームを持っていて、引退後も身体を鍛えている。生きている限り、それを続けるつもりらしい。

 引退後のアスリートが太ったり、早逝したりする例は枚挙に暇がない。自己管理を怠った結果だろうけれど、私たち普通人にも日常生活の中で、心身共に弛(たる)みや緩みを許容しているに違いない。

 笑って死ぬためにには、やっぱり健康に留意する必要はありそうである。ここは偉そうなことは言えない。私は不摂生そのものなのだ。

 笑って死ぬには、日頃のトレーニングをやるしかないのか。それにしてもエイプリル・フールに元号は発表されたなんて、笑えるよね。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞

記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

【このシリーズの記事を読む】

第1回 そもそものはじまり
第2回 老いはするが老人にはならぬ
第3回 自由って何だろう
第4回 おいしい生活
第5回 通院の帰り道
第6回 好色のすすめ
第7回 夢の続き
第8回 耽るということ
第9回 テレビの功罪
第10回 遊び
第11回 ギャンブル好き
第12回 便利は復讐する
第13回 老作家が描くエロスの凄み
第14回 スマホって何だろう
第15回 不倫スキャンダル
第16回 明治維新と向き合う
第17回 無駄遣い
第18回 ラブレター
第19回 老いらくの恋
第20回 料理人(シェフ)はアーチスト
第21回 エロティシズム礼賛

第22回 泰久塾縁起
第23回 養老院(ホーム)探訪記
第24回 老スモーカーの独白
第25回 トルとドス
第26回 さらば友よ
第27回 油断大敵
第28回 妄想のタイムラグ
第29回 甘えは怖い
第30回 貯金嫌い
第31回 七転び八起き
第32回 どうするかい同窓会
第33回 ハッケヨイ
第34回 ヘルプ・ミー
第35回 不可能にチャレンジ!
第36回 不思議大国
第37回 早し良し
第38回 生きる工夫
第39回 誕生日異変
第40回 映画館へ行こう
第41回 永遠の美女を探せ!

●永六輔さんの「魔法の言葉」 ”本当の姿”追った孫が解説

●黒柳徹子実践の健康法「ご飯3膳半」、糖質摂りすぎ大丈夫?

●『九十歳。何がめでたい』1万通超の読者ハガキにみる人生訓

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  1. イチロウ より:

    生きている者は、死ぬ時に笑えるでしょうか? 私は、出来ない、と思います。 否、してはならない、と思います。

    そもそも我が身に宿る魂は、我が身があればこそこの世にある、と思います。 我が身と魂は、一蓮托生の関係なのです。 両者は死に依って滅びます。 それを両者が笑えるでしょうか? 私には絶対に出来ないこと、と思います。

    生きているものが死を迎える時には、生きようとするので自然です。 例えば、我が家の長男猫は、死を前にしても生きようとしました。 死を目前にして胃の中のものを全て、私にはかからないように自らの傍に吐き、飼い主である私の眼を真っすぐに見て息を引き取りました。

    息を引き取っても両目は私を見たままでしたので、何度も瞼を閉じましたが、その度に両目を開いたので、未だ息があるのか、と名前を何度も呼びました。 抱いた体が硬直し始めたので始めて、亡くなったのだ、と自分に言い聞かせた程でした。  

    猫とも思えない最後でした。 19年と5カ月を共に生きた愛猫は、飼い主の私に生きるとは何か、死ぬとは何か、を教えてくれた、と思います。 

    二度とないこの世を去るにあたり最後まで生きる、と努めた愛猫のように生きたい、と思います。

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