2016.12.11   

【著者インタビュー/盛田隆二さん<後編>】介護うつを経て知った脈々と続く命のリレー

 ロング・グッドバイ――認知症によって少しずつ記憶を失くし、ゆっくりゆっくり遠ざかっていく。アメリカではアルツハイマー型認知症をこう呼ぶことがあるという。10年にわたって、認知症が進んでいく父親に寄り添い見送った作家の盛田隆二さん。長い時をかけて父親との別れの時間を過ごした、その介護体験を綴ったノンフィクション『父よ、ロング・グッドバイ―男の介護日誌』について、お話をうかがった。その後編をお届けする。

 * * *

盛田5

川越市内の自宅近くにて

 10年にわたる介護のなかで得難い時間を過ごした盛田さんだが、その間には作家生命も危ぶまれるような危機もあった。

警察からの電話…いったい何が起きた!?

 ある日突然、警察から電話が入った。

「『お父様が、息子さんが金を盗んだと言っているんですが』って言うんです。数日前、もうなくなったはずの庭に物置を建てるから50万円用意しておいてと言われて、なんとかなだめたんだけれど、その金を僕がネコババした、と訴えたらしい。もちろん訴えた本人はその事実を忘れている。最後にはおまわりさんに『大変ですね…』って同情されちゃって」

 ここにきて、なんとかギリギリで均衡を保っていた盛田さんの精神状態が、壊れた。父親の被害妄想がひどくなるに従って、自身にうつ症状が出始めたのだ。不眠になり食べ物が喉を通らなくなり、活字も映像も受け付けない。まったく小説が書けなくなる。連載小説は休載した。

「18年勤めた会社を辞めてやっと専業作家になれて『365日、24時間全部自分の時間になる、さあ、書くぞー!』と思った途端、母親からパーキンソン病を告白され、そしてあっという間に逝かれ、すべてが自分の肩にのしかかってきた。それからもう何年も、父親と妹のことに振り回されている。全然自分のために時間が使えない。連載も休んだ。今後自分はほんとうに作家としてやっていけるんだろうか…そんな不安に押しつぶされそうになったんですね」

自分にかまっている余裕がなくなり、晴れた心

 そんな時、今度は妻がひどい腰痛でまったく動けなくなった。父親と妹の介護、自身のうつ、ついには妻までも…!

「ここまできた時、じゃあもういいや、とりあえず自分のことは横に置いとこう、って。“自分をハズす”というか。小説を書くことをあきらめたわけじゃないけど、小説が中心だった今までとは違う、別の生活もあるかもしれないと思った。いよいよ自分にかかずらわる余裕がなくなったら、不思議ですよね、心の安定が訪れたんです。うつ病でほんとうに眠れなかったのに、急に肩の力が抜けた。幼稚園児が自分に向かって突進してくる不安に襲われたり、たまらなくわーっと叫びたくなる気持ちとか、そういうものがすーっと消えた。

 考えてみたら、妻は仕事もしながら子どもを産んで育て、24時間自分の時間を全部家族や人のために使ってきた。自分のためになんか時間を使っていない。恥ずかしかったよね」

 そこで思い出したのが、かつて聞いた日野原重明さんの言葉<自分の時間を人のために使うことが、命を大切にするということ。それにいつか気づく時が来る>というもの。

「この言葉がなんだかずっと頭の隅に引っかかっていたんだけれど、やっとその意味がわかりました。ああ、そういうことか。今がその時なんだな、って。たぶん、父親と妹を介護しなかったら、ずっとわからなかったことだと思います」

盛田6

父親の遺品整理をしていた時に出てきた、般若心経の写経。記録魔だった父親らしく日付とナンバリングが。母親の病状が悪化した時期のものが大量にあった。日常、病気の母親に対して邪険にしていたのに、ほんとうは快復を祈っていたのだろう。写真は父親が亡くなる1週間前、奇跡的に意識が戻った一瞬を盛田さんが撮影したもの

脈々と続いていく命のバトンリレー

 介護中にもうひとつわかったことがある。

「中学生の時に、親父と口論になって、そもそも息子と議論するような気なんて毛頭ない人だから手ひどく拒絶されて、むっとしてバンと押したらダーンって親父が倒れちゃったんです。『えっ!?』ってびっくりした。自分のほうが力が強くなっていることに申し訳ないような、でも、ごめんも言えなくて、それからぎくしゃくしてずっとほとんど口をきかなかった。

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