2017.05.17 |暮らし   

アルゼンチンタンゴ音楽とダンスの魅力

アルゼンチンタンゴ

 タンゴといえばアルゼンチン。音楽とダンスの両面から、アルゼンチンタンゴを心ゆくまで堪能できるオトクな講座が鶴見大学生涯学習センターで開講されている。10回連続講座の第1回に出席し、座学とともにダンス実技の体験談も合わせてレポートする。

移民がアルゼンチンに向かう船の上で

 講師の相良英明先生(鶴見大学文学部名誉教授)は、英文学や比較文化論の専門家でありながら、日本アルゼンチンタンゴ連盟(FJTA)の常務理事も務める。タンゴダンスもプロ級の腕前だ。

 第1回の講義のテーマは「プグリエーセのモダニズム」。ブエノスアイレス生まれのオスバルド・プグリエーセ(1905〜1995年)は、アルゼンチンタンゴを代表するピアノ奏者であり、33歳で自身の楽団を設立したマエストロだ。

 激しいスタッカートと、すべての楽器が相互に絡みあう演奏が持ち味といわれ、ほかの演奏家にも大きな影響を与えた。芸術性を追求しながらも即興演奏も巧みで、ダンスを踊るのにも適したプグリエーセのタンゴ音楽は、タンゴの伝統を重んじるトラディショナル派からも前衛派からも支持される稀有な存在だったという。

 プグリエーセが1924年に作曲した「レクエルド(思い出)」が効果的に使われている映画に、その名もズバリの「タンゴ」(カルロス・サウラ監督、1998年)がある。相良先生がタンゴにハマったきっかけもこの映画だったとか。「まずはこのレクエルドを聴いてほしい!」と熱っぽく語る姿が印象的だ。

 アルゼンチンタンゴはブエノスアイレスで生まれた。その歴史は1870年ごろに遡る。19世紀末〜1920年代にかけて、芸術の世界で大きな変革の起こったモダニズムの時代だ。

 当時のアルゼンチンには、ヨーロッパから大量の移民が海を渡ってきたが、その多くがカソリック。移民船の上で行われたミサで、パイプオルガンの代わりに使われたのがバンドネオンだった。哀愁漂うバンドネオンの音色がアルゼンチンタンゴに欠かせない存在となった背景には、こうした移民の歴史がある。

バンドネオン

 タンゴの音源として最古のものは、1907年にパリで録音されたものだという。それを元にレコードがつくられ、タンゴは世界中に広がっていった。そのころパリに遊学していた目賀田綱美(めがたつなよし)男爵もタンゴに魅了された一人。男爵が多くのレコードを持ち帰り、日本でもタンゴが知られるようになった。

 息をぴったり合わせ、抱き合うように……

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