2017.06.10 |暮らし   

『八重子のハミング』監督語る「映画化の背中を押したのは認知症の母」

 若年性アルツハイマーを発症し、徐々に自我を失い、家族を忘れ、最後は自分の排泄物を食するまでになった妻・八重子。その妻を10年以上もの間献身的に介護し続けた夫の誠吾。自身も3度のがんで闘病しながら、赤子に戻る妻を最後まで命がけで支える――。夫婦の極限の愛を描くノンフィクション『八重子のハミング』(陽信孝著、小学館)を原作にした同名映画が話題だ。主演は升毅と高橋洋子。メガホンを執った佐々部清監督(59才)が、本作にかけた思いを語った。

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脚本を書いてから8年かけてようやく映画化

  最初に脚本を書いたのは8年前。原作者の陽さんは昔からの友人でしたが、当時進んでいた映画化の話が立ち消えになったと聞いて、じゃあぼくがやるよ、と。

 脚本を完成させて映画会社やテレビ局を歩き回ったものの、「地味だし中高年が主役じゃヒットしない」と門前払いです。諦めかけたけど、4年前に出会ったあるプロデューサーたちの力を借りて、ようやく映画化できました。

 長い時間がかかりましたが、最後に背中を強く押してくれたのは、一昨年に亡くなった母でした。母は死の4年ほど前から認知症が始まり、それまで喜んで見ていたぼくの映画を見ることができなくなった。お見舞いに行っても小一時間話をしてからようやくぼくと認識する状態で、週末に施設に通って介護していた妹がみるみる疲弊していったんです。

 団塊世代が高齢化するなか、親の介護は誰にとっても切実な問題です。ぼくは来年還暦ですが、同級生が口にするのは親の介護と墓の話ばかり。ぼく自身、母の介護を経験し、『八重子のハミング』のような映画が必要と痛感しました。

原作にないオリジナルシーンとは

事前に陽さんからリクエストされたのは、「八重子が大好きな萩を舞台にしてください」ということだけです。それ以外はフィクションでも構わないと言われたので、原作にないオリジナルのシーンを織り込みました。

 その1つが、夫婦がラブホテルで愛を育もうとする場面です。介護中の人間の性欲をリアルに描きたかったので、恥ずかしかったけど陽さんに夫婦生活について尋ねると、快く話してくれたので、脚本に入れたんです。

 母の経験から、認知症が進行するとものを食べることが難しくなることを知ったので、食事のシーンも増やしました。

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 升さんや高橋さんへの演技指導はほんのわずかで、劇中のほとんどはふたりの自由演技。撮影期間が13日間と短かったので、芝居を固めていくよりもドキュメンタリー的な作風を目指したんです。

認知症当事者より介護する人に焦点をあてた

 ぼくが心がけたのは、認知症の当人よりも、介護をする人に焦点を当てることでした。実際に映画を見るのは認知症の患者ではなく、まさに介護を担っている人だろう、と。作品の最終的なテーマは、「怒りには限界があるけど優しさには限界がない」という原作の言葉です。どんな状況になっても、誠吾は八重子を怒りませんからね。

 この前、観客の1人が「悔しいけど、この映画を見た日だけは旦那に優しくしてあげちゃうの」と笑顔で話していました。人間が持つ際限なき優しさを感じてもらえたら、長い時間をかけて映画を作った者として望外の喜びです。

 最近は若いアイドルばかり出演する映画が多いけど、ぼくはこれからも規模が小さくとも、高齢者の鑑賞に耐えうる作品を世に送り出したい。この映画も、若い世代に一切媚びることなく作りました。

 普遍的なテーマを真摯に描けば、最終的には全ての世代に届くはずなんです。『八重子のハミング』がその証明となることを願っています。

※女性セブン2017年5月11・18日号

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