2017.07.18 |暮らし   

歌舞伎・浮世絵好き68才男性が早稲田大学院に通うまで

早稲田大学大学院に通う森隆夫さん

 定年後に大学や大学院に入りなおして、若い頃に学びたかったジャンルを学ぶシニアが増えているという。森隆夫さんもその一人。65才まで公務員として働き、66才で早稲田大学大学院に進学した。いまは修士論文に取り組んでいる。「人生は学び」と言い切る森さんの大学院受験と大学院生活を3回連載で紹介する。

歌舞伎好きが高じて浮世絵にハマり

 森隆夫さん、68才。早稲田大学文学部大学院文学研究科日本語日本文学コースの修士課程で学ぶマスター2年生だ。いま取り組んでいるのは、江戸時代の漢詩人・梁川星巌(やながわせいがん)の研究だ。梁川星巌は、幕末、頼山陽(らいさんよう)や佐久間象山(さくましょうざん)とも交流し、勤王(きんのう)の志士を束ねる人物であったが、そうした画一的な見方を越えて、新しい人物像を導き出すのが研究の目標だという。

 しかし最初から、こうした研究テーマが頭にあったわけではない。そこに至るまでの森さんの学びの道程を振り返りながら、人生にとって学びとは何か、について考えていきたい。

「若い時から歌舞伎が好きでしてね。初めての歌舞伎は高校生の時、学校で鑑賞会があって見たんですよ。めくるめくような豪華絢爛な世界に “こんな世界があったんだ!” というカルチャーショックを受けました。“いつか、自分で稼げるようになったらまた来よう” と心に誓いましたよ。役所に入って30代半ばで管理職になった時、“もうそろそろいいだろう”と、念願の歌舞伎に通い始めたら、もう毎月行くようになってしまって……。多い時は昼の部も夜の部も行っていました。東京には歌舞伎座、国立劇場、新橋演舞場、あと明治座でも歌舞伎をしていますから、もう毎月忙しくて」(森さん。以下「」内同)

 森さんは、目を輝かしながらそう語る。生まれも育ちも東京下町の森さんにとって、歌舞伎はまさに自分が生まれ育ってきた文化のルーツのように思えたという。

 歌舞伎にハマっていろいろと調べるうちに、アンテナがすこしずつ広がりだした。ひとつは浮世絵だ。

「歌舞伎が好きな人はみんな浮世絵にハマりますよ。もちろん江戸時代の人気役者を描いた役者絵も好きですし、歌舞伎の書割(かきわり=背景)はまさに浮世絵の構図のようですし、歌舞伎のテーマが浮世絵のテーマでもある。歌舞伎の3次元の世界を2次元アートにしたのが浮世絵かなと思うくらい。東京の原宿駅近くにある浮世絵コレクションで名高い太田記念美術館にも足繫く通ったものです」

 そしてもうひとつが、古典文学だった。

「歌舞伎は、日本の歴史や文学の総ざらいみたいなところがありますからね。最も惹かれたのは、山東京伝(さんとうきょうでん)などの戯作(げさく)でした。私は大学では経営学部だったんです。だから古文なんて読んだことがなかった。でも “好きこそ物の上手なれ” っていうでしょう? まあ私は上手には程遠かったですが、わからないなりに必死に読んだんです。読本にはきれいな挿絵もついているので楽しいんですよ。最初は歌舞伎のベースになったものを読んでいたんですが、そのうちあれも読みたいこれも読みたい、になってきて……」

 そうなると、ちゃんと勉強したいジャンルが出てきた。江戸のくずし字だ。

“昔の文字が読めるようになります” というキャッチフレーズに

「浮世絵に書かれている文字が読みたいのと、読本を大元の原本で読みたいのとで、どうしても江戸時代のくずし字を勉強したいとおもうようになったんです。くずし字を学べるところがどこかないか、あちこち探しました。そして、“昔の文字が読めるようになります” というキャッチフレーズに惹かれて「古文書塾てらこや」(当時は小学館アカデミー主催)に通うようになったんです。それが53才頃の時でした」

 そこで大きな出会いがあった。早稲田大学で近世文学を教えていた池澤一郎先生(現・早稲田大学教授)と二又淳先生(現・明治大学法学部兼任講師)のふたりの師に出会う。

「いや~、面白かったですね。独学では絶対に学べないことを教えてもらいました。先生から学ぶことはもちろんかけがえのない経験となりましたし、一緒に勉強しているほかの人の解釈も知ることができました。自己流の勉強だとどうしても独りよがりになってしまうし、自分が進化しているのかどうかもわからない。師がいて仲間がいる、というのは、自分を相対化する絶好の機会になりました」

「古文書塾てらこや」で、また森さんの興味は広がった。

「ある時、先生が、『黄表紙』の実物を持ってきてくださったんです。黄表紙、見たことありますか? 江戸時代の中期に流行した大人向けの絵本っていうか、今見るとマンガみたいなものなんですけど、絵がすばらしいんですよ。浮世絵師が挿絵を描いたりしていて、その絵が風刺やパロディたっぷりで、江戸の人たちの空気感とか雰囲気が見てるこちらに伝わってくるんですよね。やっぱり本物はいいですね。すっかり古文書や江戸時代そのものにハマっちゃいました(笑)」

 森さんは古文書塾に通い始めて10年が過ぎた。その間、60才の定年を迎え、嘱託として5年間再雇用され、現役の頃ほどの忙しさではないけれども、毎日、自宅と役所を往復し、週に1回、古文書塾に通うという日常だった。そして森さんは、再雇用の切れる65才を目前にして、大学で学んでみたい、と思うようになってきていた。

科目等履修生というものを教えられて

「古文書塾に通い始めて10年を越えたころから、大学で学ぶくらいのレベルまでは到達したかなと思うようになりました。このまま続けるか、どうするか。勉強を続けるなら別の次元を目指したいなあとも思っていたんですね。そこで先生に、どこかいいところをご存じないですか、と雑談中に話していたら、早稲田大学に “科目等履修生(かもくとうりしゅうせい)” というのがありますよ、と教えていただいたんです」

 科目等履修生というのは、その大学の学生以外の人が、大学や大学院の講義の中から特定の科目だけを申し込んで受講し、現役大学生や大学院生と一緒に授業を受けるものだ。

「科目等履修生のことを教えていただいたときは、光栄な反面、どうしようかと思いました。講義は昼間ですから、たとえ週1でも、仕事と両立させるのは難しいかな、と。それに大学入試みたいな試験はないんですが、6000字ほどの研究計画書を提出して面接を受けなければいけないんです。文学部出身ではない自分がどこまでできるかなと不安もありました。それに、再雇用期間を終えても、まだ仕事もがんばればできる年齢でしたし……。でも、本格的に学んでみたいという気持ちを抑えきれなくて、応募して合格し、江戸文学のコースの科目等履修生になりました」

貴重な書物が所蔵されている図書館に出入りできる

「入学して嬉しかったのは、学生として大学で教えてもらえることと、貴重な書物が所蔵されている早稲田大学中央図書館に出入りできることでした。それまで勉強するといっても、関連書を探すだけでも大変だったんですが、ここにはたいていのものが揃っている。夢かと思いましたね。そんな環境で数か月勉強しているうちに、また欲が出てきました。どうせなら正課生として学びたいなと思ったんです」

 森さんが入りたいと思ったのは、大学院だった。しかし、願書の提出と試験がすぐそこに迫ってきていた。

「科目等履修生の時と違って、今度は難しい入学試験がある。しかも今度は英語や国語の筆記試験もあるので簡単にはいきません。科目等履修生の授業も受けながら、30年ぶりとなる受験勉強を始めました」

(続く。次の記事「68才男性、早稲田大学院受験の英語&非専門分野攻略法」は7月19日公開予定)

取材・文・写真/まなナビ編集室

初出:まなナビ

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