2017.07.21 |暮らし    2

84才、一人暮らし。ああ、快適なり<第2回 老いはするが老人にはならぬ> 

 体調が良く、天気に恵まれた日曜日に、私はしばしば競馬場を訪れる。少年時代に父親に連れられて競馬の魅力にとりつかれ、戦後70年以上も、ダービーの日には必ず東京競馬場へ足を運んでいる。

 馬券売り場が混み合っていると、窓口でモタつく。締め切り直前になると、後ろから罵声を浴びせられる。

「オイ、爺(じじ)い、何やってんだ。早くしろ!」

 容赦ない声が飛んでくる。ますます焦り、失敗を繰り返す始末だ。最近の窓口は、ほとんどが自販機だから、口頭で修正なんぞは受け付けてくれない。

 私は決心して、

「静かにしてください。気が散ります。それはあなたのためです」

 と、毅然たる態度で立ち向かった。いわば威厳を込めた私の姿勢によって、その怒れる中年の男は、すっかりたじろいでしまった。

 ボルサリーノを目深にかぶり、三つ揃いのスーツにアスコットタイを結んだ私の身形にも気圧された様子だった。

 投票を終えた私は、何事もなかったように、背筋を伸ばして立ち去った。

「すみません、お騒がせしました」

 スレ違い様に男は私に詫びたのだった。年寄りの後ろに並ぶなよ、と口から出かかったが、そこは自重した。

 遊びには常に余裕と悦楽が必要である。溺れることは慎まなくてはならない。ヒートアップすることは、運を手放すばかりか、身を滅ぼしかねない。ことにギャンブルに興じる人にとって、冷静さだけは失ってはならない。

尊厳のない老人は生きる価値を自ら棄てている 

 老人を労(いた)わらない若者は、たいてい未熟である。しかも、それに全く気が付かない。不幸の始まりがそこにある。逆境に弱い。それでいて、自分だけがツキがないと思い込む。

 こうした人生を送って老化してしまった人は、えてして労わりを求める。つまり根から身勝手なのだ。

 混み合った電車に乗り込んで、優先席に辿り着こうとする老人は、やはりいやしい。そのいやしさに気づかないとしたら、ゴミ同然である。

 嫌な老人の典型は、何かにつけ助けを求める。いわゆる憐みを乞う。施しを受けることを当然と思っている。その気持ちが間違っていることに一向に気づかない。尊厳のない老人は、生きる価値を自ら棄てているとしか言いようもない。

 何度も言うようで恐縮だが、人は誰でも必ず老いる。自覚して老いるか、漠然と老いるかでは、雲沼の違いがある。

 自分自身の現実を正しく受け入れることが、どれほど大事かを考えた時、私はなるべく人の世話になるまいと思ったのだ。自分のことは自分でやる。迷惑をかけないつもりでも、いつもどこかで、誰かに迷惑をかけている。

 それを実施するために一人暮らしを選んだとも言える。次回は、「自由」について考察してみたい。

→このシリーズの次の記事を読む
85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第3回 自由って何だろう】

【このシリーズの他の記事を読む】

第1回 そもそものはじまり
第2回 老いはするが老人にはならぬ
第3回 自由って何だろう
第4回 おいしい生活
第5回 通院の帰り道
第6回 好色のすすめ
第7回 夢の続き
第8回 耽るということ
第9回 テレビの功罪
第10回 遊び
第11回 ギャンブル好き
第12回 便利は復讐する
第13回 老作家が描くエロスの凄み
第14回 スマホって何だろう
第15回 不倫スキャンダル
第16回 明治維新と向き合う
第17回 無駄遣い
第18回 ラブレター
第19回 老いらくの恋
第20回 料理人(シェフ)はアーチスト
第21回 エロティシズム礼賛

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

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▶コメント

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  1. ゆーりん より:

    ステキです。
    私も独身で50代にはいり、老後を考えるようになりました。いずれは一人暮らしで毎日退屈でつまらない日々になるのかな、と思っていました。偶然見つけたこの記事を読んで元気もらいました。今から17回まで読ませていただきます。
    人は何で自分で出来ることがシアワセなこと。年を気にすることなく、たくましく優しく生きていきたいです。あと、オシャレに・・・ですね。人生の先輩に、ありがとうございます。

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  2. けんちゃん より:

    65才、女房に先立たれポツンとしています。もう4年もたつのに、矢崎さんの一人暮らし読んで、回りが、明るくなった。今日は、何処かへ出掛けよう。

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