2017.09.12 |暮らし    1

「無我」と「縁起」を理解すれば仏教思想は腑に落ちる

仏教について語る東洋大学の竹村牧男学長

 日本人の生活に身近な仏教。しかしどういう思想を持つのか、よくわからない。そこで、東洋大学で「『仏教入門』~日本人の心に脈々と生きる仏教とは何か~」を開催している竹村牧男学長にお願いをした──「今までわからなかった仏教の思想を、できるだけコンパクトに教えてください」

「無我」とはけっして自分をなくすことではない

 竹村先生は、「仏教の根本概念を理解するのに大切なのが、“無我”と“縁起”です」と語る。私たちは“無我”という言葉をよく「無我の境地で」(よけいなことを考えないで、という意味で)などと使う。では、仏教思想の“無我”とはどういう状態をさすのだろうか。

「“無我”と聞くと、自分をなくさなければならないのか、と考える人がいます。たしかに“無我”とは自我がない状態です。しかし、いまここに生きているかけがえのない自分はいない、などといっているのではありません。

“無い”とされているのは、“常・一・主・宰”と規定されるものについてです。常にそこにあって変化せず、同一で、しかも主体的な存在であると考えられているものは、“無い”というのです。そう、常住なる永遠不変の自我は無い

 そして、この“無我”というあり方の中にある本当の自分を示してくれるのが、仏教なのです。これが仏教の人間観です」(竹村先生。以下「 」内同)

 永遠不変の自我はない。しかし、かけがえのない自分はいる。ではどこにいるかというと、関係性の中にいる。それが“縁起”の世界だ。

“因”と“果”の間に“縁”がある

“無我”と並んで仏教の根本概念をなすものが“縁起”だ。私たちが「縁起がいい」「縁起が悪い」と使うとき、そこには何らかの因果関係を感じとっていることが多い。

 そのとおりだが、単純な因果関係では終わらないのが、仏教における“縁起”である。それを竹村先生は、「“因(原因)”と“果(結果)”の間に、“縁”がある」と説明する。

「何かの現象(出来事)が起こるのには“因”が必要なのですが、因だけでは起こらないのです。そこには“縁”が必要です。“因”が直接的原因とすれば、“縁”は間接的な条件。直接的原因と間接的条件とがあいまって、初めて現象が生じるのです」

 どんなに才能のある人であっても、チャンスだとか巡りあわせなどの間接的条件に恵まれないと、世の中で成功しない。逆に、取り立ててくれる人がいたり時の運を得たりしても、本人に実力がなければ成功し得ない。これは人の世でしょっちゅう見聞きすることであるが、仏教はこのように、事実を事実として見つめた科学的な見方をしていると、竹村先生は言う。

「仏教はこのように、実体論的世界観ではなく、関係主義的世界観を持っています。あらゆるものは関係性の中にあって初めて存在し得ているから、自分で自分を支えているものはない。自分で自分を支えるものではないということは、本体がない、ということです。関係の中で初めてありえている。これが仏教の世界観なのです」

 そしてここにはもうひとつ、仏教の持っている本質が横たわっている。それは、“絶対的な神”を持たないことだ。

仏教は絶対者を持たない

「この因・縁・果の関係性のなかで、個々の実態は“空(くう)”です。そこに常住の本体はありません。これは、現象のようなものから、絶対者のようなものまで、同じです。

 仏教のひとつの特徴は、宗教的な絶対者みたいなものを実体化しない、ということです。“絶対”とか“神様”みたいなものをデーンと置いて、そのもとに人間が生きていくのではなく、現象の本質本性を「空」でとらえる。「有」ではないが、「無」でもない。「空」なのです。常住の本体とか実在とか、そういうものを徹底的に否定したところに成り立っている見方・考え方です。

 このように、人間の主体性を縛るものを、仏教は何も持っていない。掟もなく、支配もされていない。そうしたものを一切超えて成立しているのが仏教なのです」

 このような仏教の“神”観は、キリスト教の“神”観にも影響を与えているという。なかには仏教の空性(くうしょう)で“神”を考えたほうが、イエスが説いた本来の“神”に近いのではないかという意見もあるという。

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取材・文・写真/まなナビ編集室

初出:まなナビ

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  1. クマリン より:

    キリスト教徒の人が釈迦は地獄の神でイエス様だけを信じないと地獄に堕ちる。キリスト教に反対する人は悪魔と言って募金し募金を勧めてました。友人と思ってましたが釈迦は間違ってると言うので嫌になり縁を切りました。

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