2017.10.10 |暮らし   

新発見で覆る定説。古代文字の世界はおもしろい

大阪府立大学教授・大形徹先生(左)と白川静記念東洋文字文化研究所客員協力研究員・佐藤信弥先生

 日本における漢字研究の第一人者として幅広い功績を残した白川静(しらかわ・しずか)。学生時代を過ごし、教鞭を振るった立命館大学には、その研究精神を受け継ぐ「白川静記念東洋文字文化研究所」がある。このたび同研究所の企画で、白川静にさまざまな角度からアプローチする講座が行われた。

亀の甲羅や骨に刻まれた甲骨文字をトレーシングペーパーに

 白川静(1910-2006)は、中国最古の文字資料である殷・周の甲骨文や金文をもとに漢字のなりたちを研究・解明し、漢字の背景にある古代文化を含めて漢字文化の豊かな世界を広く一般に啓蒙した、漢字研究の碩学(せきがく)である。その到達点は「白川文字学」という名称で表されている。

 今回の講座ではまず大阪府立大学教授・立命館大学客員教授、大形徹先生が登壇し、白川文字学の一端が紹介された。白川文字学の出発点は、日本最古の和歌集『万葉集』と中国最古の歌謡集『詩経』の比較であったという。その過程で必要になった中国の古代文字との出会いが、彼の運命を変えたのである。

 文字を体で理解するために、白川は亀の甲羅や骨に刻まれた甲骨文字をトレーシングペーパーに書き写した。その数は数万枚に及ぶというから驚きだ。大形先生がプロジェクターで投影した雑誌の切り抜きには、1枚の紙にびっしりと文字が書かれているのが見てとれた。

白川によってびっしりと書かれた甲骨文字

 そうした努力が実を結び、ついに新発見にいたる。私たちが小学校で習う「口」という文字は人の口を象(かたど)ったものと信じられてきたが、白川は神様への祝詞を入れる器を象ったものだという新説を打ち出したのである。

これが祝詞を入れる器の形

 林泰輔(はやしたいすけ)(1854-1922)が、すでに「その下にある口は櫝(はこ)の形」と述べているが、それを発展させ、約2,000年に及ぶ定説が覆されたのだ。今日では白川の最大の功績とも評され、漢字の成り立ちに多くの人の関心が寄せられることになる。

「蔑暦」かと思っていたら「蔑懋」だった?

 続いて白川静記念東洋文字文化研究所客員協力研究員佐藤信弥先生による講義が行われた。中国の吉林大学(吉林省長春市)に留学し、現地で中国の古代文字に対する研究手法を学んだ佐藤先生は、白川文字学は中国文字学と比較することで、その特徴がより理解できるという。

そもそも、漢字には、「字形」「字義(文字の意味)」「字音」という3つのアプローチがある。白川文字学、中国文字学ともに「字形」を重んじることは同じだが、時として解釈が異なる。たとえば青銅器に刻まれた金文に見える「蔑暦(べつれき)」という文字。私たちには馴染みのない言葉だが、なんと清の時代から語意について議論されてきた題材だという。

 古代中国では、戦の際に巫女を従軍させ、勝利の暁には敵方の巫女を捕らえて処刑するという風習があったという。「蔑暦(べつれき)」の「蔑」は戈(か)と呼ばれる武器で殺す様子を、「暦」は軍門に文書を収めた器を置く様子を象るとし、民俗学を重んじた白川静は「戦での功績を表彰する」という意味を“解”とした。

 一方、中国文字学では、実は「蔑暦」ではなく、「蔑懋(べつぼう)」という違う文字なのではないかという驚きの見解を示した。文字が違えば、意味が違うのも当然で、口頭で励ましを受けるという意味となる。この結論に至るには、北京の清華大学が所有する戦国時代の竹簡が大きな役割を果たした。

新史料が出ればアップデートを

 清華大学の戦国竹簡コレクションは、2008年に購入されたばかりの新しい研究史料だ。他にも上海博物館のコレクション、通称「上博簡」など、中国ではここ数年、次々に新しく良質な史料の発見が相次いでいる。

 ともに「字形」から漢字を紐解いたが、白川文字学は字形から古代の風習を読み解くことを重視し、中国文字学は文字の変遷や同時代の他の文字との比較を重視した。同時代の文字の比較という手法は、史料が発見されるたびにアップデートされる。ここに両者の解釈の違いが生まれるのだ。

 白川静が活躍した時代は民俗学や文化人類学の応用が各分野で採り入れられていたため、学説は国内外で幅広く受け入れられた。しかし、新史料が出ればその学説もアップデートされなければならない。

「現時点での解釈であって、新しい史料が出れば、また新しい解釈が生まれます。正解はないのです」(佐藤先生)

 白川静の説が間違いかどうかという問題ではなく、今こそ白川文字学も新しい材料をもとにアップデートする必要があるという。そういったアップデートに堪えられるものが白川文字学だ。

古代文字フォント「白川フォント」も

 大形先生も佐藤先生も白川静記念東洋文字文化研究所内にある「漢字学研究会」に所属している。白川静の金文研究を引き継ぐことを目的とした同研究会では多岐に渡る活動を行っている。

『漢字学研究』という学術雑誌を毎年発行。現在5号の校正中で、10月中の刊行を予定している。大形先生は毎号表紙のデザインも手掛けているそうだ。大きくデザインされた金文の文字が印象的な表紙だが、白川静記念東洋文字文化研究所では甲骨・金文の文字をパソコン上で表示できるように、古代文字フォント「白川フォント」を無料で配布している。

 研究員による書籍も多数出版されている。張莉『こわくてゆかいな漢字』(二玄社、2016)は初心者でも楽しく学べそうな一冊だ。佐藤先生の『周-理想化された古代王朝』(中公新書、2016)もおすすめ。白川静が心血を注いで確立した白川文字学が新しい研究成果とともにアップデートされていく成果に、私たちも触れることができる。

◆取材講座:「白川学の展望と未来」第1回「白川文字学の今後の展望」(立命館土曜講座)

初出:まなナビ

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