2017.11.13 |暮らし   

大学教授が語る世界の歌劇場と21世紀傑作オペラ

パリ・オペラ座(ガルニエ宮)の内部

 オペラほど学べば学ぶほど深みにはまるものはめったにない。総合舞台芸術としての奥深さ、ヨーロッパの宮廷文化に発祥した歴史と文化の厚み、さまざまな人生・愛・感情が宿り、これから未来に向けてさらに発展していこうとするエネルギーを持っているからだ。今秋、オペラとバレエの講座を上智大学で開講する澤田肇先生に、オペラ初心者からオペラ上級者まで楽しめるとっておきのオペラの話を聞いた。

ウイーン国立歌劇場とミラノ・スカラ座は双子の歌劇場

 澤田先生が11月に開講するオペラ講座は「世界五大歌劇場から見るオペラとバレエの世界―都市の歴史と舞台の未来」。その詳細は前の記事「イタリアとフランスを巡るバレエとオペラ、その秘密」をお読みいただきたい。

 本記事では、講座で取り上げる5つの歌劇場、ウイーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、パリ・オペラ座、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(コヴェント・ガーデン)、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場について、フランス文学者である澤田先生ならではの面白い見方を紹介していただいた。

「ウイーンにオペラ・ハウスは古くからありましたが、今のウイーン国立歌劇場は1869年にできた建物です。その前身となる宮廷歌劇場は今の場所ではなく、もっと王宮に近いところにありました。19世紀までは外敵から都市を守る城壁が今でいう旧市街をぐるりと取り囲んでいたのですが、それを取り壊した後にできた円周(「リンク」)に、美術館、国会議事堂、国立歌劇場を建設したのです。しかし国立歌劇場は第2次世界大戦でほぼ焼け落ちたので、1955年に復元されました。

 歌劇場というキーワードで見た時、このウイーンと双子都市といえるのがミラノです。なぜなら、ミラノ・スカラ座は18世紀にオーストリアの女帝マリア・テレジアが承認した建築案から生まれた劇場だからです。17世紀・18世紀のウイーンは、才能ある音楽家が集まる都でした。映画『アマデウス』で一躍有名となったサリエリはイタリア人ですが、ウイーンに行って宮廷楽長になっていますし、ドイツ人作曲家のグルックやベートーヴェンもウイーンで活躍します。政治的にも18世紀末、ナポレオン(1世)がイタリアを解放して、イタリアは一時的にイタリア王国と呼ばれるようになりますが、ナポレオンが退場後すぐにその大半はオーストリア帝国の支配下となり、ミラノを拠点にオーストリアはイタリアや地中海に影響力を及ぼしていくのです」

パリ・オペラ座ではいち早くブルジョアジーが主役に

 ナポレオン(1世)の甥であるナポレオン3世が建築家シャルル・ガルニエに命じて1875年に完成させたのが、今のパリのオペラ座です。ネオバロック様式とも、注文主の名にちなみナポレオン3世様式ともいわれる美しい建物です。オペラ座自体は17世紀からありましたが、古いオペラ座が残っていないのは、17世紀から19世紀半ばまで、頻繁に火事が発生したことに関係しています。これはフランスに限らず全ヨーロッパのオペラ座に共通することですが、当時オペラの照明は蝋燭でした。内部は非常に暗く、しかも建材は木、カーテンは布ですから燃えやすかったのです。それが劇的に変わるのがガス灯が広まり始める19世紀。19世紀末になって電気による照明が始まり、ようやく今日の歌劇場で見る舞台に近くなりました。

 オペラはもともと宮廷芸術ですから観客は当初貴族のみでした。それが広く一般市民も鑑賞するようになるのは19世紀からです。1830年、フランスで7月革命が起こってブルボン朝の王権が終焉し、市民の王といわれたルイ・フィリップによるオルレアン家の王政が始まります。その主役はブルジョアジーでした。以後、オペラ座の観客の大半は桟敷席を含めて上層中産市民層になります。ただし、ほかの国ではまだオペラ座の観客の大半(特に桟敷席)は貴族でした。なお特別な都市国家であるベネチアでは17世紀から市民がオペラを鑑賞する文化がありましたが、それは非常に特殊なケースです。

 フランス・オペラでは、オペラとバレエは一体となっているという話を前にしましたが(「イタリアとフランスを巡るバレエとオペラと料理秘話」)、パリ・オペラ座でバレエを踊るバレリーナたちのパトロンもこうしたブルジョワジーや貴族たちでした。トップダンサーで教養があって美しく、そしてエチケットもすぐに修得できて社交性に優れたバレリーナの中には、単にパトロンたちの庇護を受けるだけではなく、正式な妻として社交界入りする女性も生まれます。そうしたシンデレラストーリーが生まれる場所がオペラ座でした。19世紀というのは女性が職業に就ける機会はまだまだ少なく、世界初の百貨店ボン・マルシェが19世紀半ばにパリに誕生したときには、女性が働く場を生んだということで画期的なことだと言われたくらいでした。20世紀初頭に第1次大戦が起きて男性が不足するまでは、働くのは男性というのが常識だったのです」

ベートーヴェンの『フィデリオ』の原案国はフランス

「このように、パリとウイーンがオペラを発展させた都市でした。イタリア・オペラはウイーンが、フランス・オペラはパリが育てた、と言ってよいでしょう。

 フランス・オペラがウイーンのオペラ・シーンに与えた影響も見逃せません。18世紀末から19世紀にかけてウイーンで上映されたオペラ・コミック(歌唱のほかにセリフもあるオペラ)の半分くらいはフランスのオペラ・コミックの翻案だといえるかもしれないからです。パリで流行っているもの=面白そうだ、ということでフランス語からイタリア語に書き換える。そのようなことも行われていました。

 その象徴的な例が、ベートーヴェンの『フィデリオ』ですね。『フィデリオ』はベートーヴェンが完成させたドイツ語による唯一のオペラで、暴君により牢獄に幽閉された夫を、男装した妻が救済する話です。このもととなった話は当時パリで流行っていた、英雄的な行為で愛する者を救う“救済物”のオペラ・コミックです。それがウイーンに輸入され、ベートーヴェンは何度も書き換えて、あの美しい夫婦愛の物語を作ったのです」

独自路線を行くロイヤル・オペラ・ハウスとメトロポリタン歌劇場

 最後は英語圏のオペラハウス、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスとニューヨークのメトロポリタン歌劇場だ。

「ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス、通称コヴェント・ガーデンは、演劇の国らしいオペラ・バレエづくりをしています。ほかでは考えられないようなギョッとするような演出・振付も時折見受けられますし、ベンジャミン・ブリテンのような20世紀のパイオニアもイギリスからは生まれています。僕の個人的な見立てでは、21世紀になってからの傑作オペラは、英語とフランス語が一番多いのではないかと思います。これについてはまた後で言及します。

 ニューヨークのメトロポリタン歌劇場については、とにかく豪華絢爛の一言に尽きます。舞台セットもゲスト歌手も豪華ですごい。今のメトロポリタン歌劇場(新メト)は1966年完成です。古典作品だけでなく現代オペラも上演され、新メトのこけら落としはアメリカ人作曲家のサミュエル・バーバー(1910年-1981年)の『アントニーとクレオパトラ』世界初演でした。また、2006年に始まった“METライブビューイング”はメトで上演中のオペラを映画館で同時上映する試みで、新たなオペラ・ファンの獲得に大きな貢献をしています」

20世紀、21世紀の傑作オペラ

 澤田先生の講座タイトルは「世界五大歌劇場から見るオペラとバレエの世界-都市の歴史と舞台の未来」。「オペラとバレエの世界」については前の記事「イタリアとフランスを巡るバレエとオペラと、その秘密」で、「世界五大歌劇場」および「都市の歴史」については、本記事で語ってもらった。では最後に残った「舞台の未来」についてはどうだろうか。

「オペラはすでに完成されつくされて、古典を上演しているだけだと思っている方もいると思いますが、それは間違いです。今回の講座のテーマとは離れますが、新しいものを創造するのに非常に大きな役割を果たしているのが音楽祭です。音楽祭にもいろいろあって、今までにない新しいものを創造しようとする意気込みある音楽祭もあれば、観光客目当ての見た目が派手で誰もが知っている作品を上演すればよいとするものもあります。その中で今もっとも進んでいる音楽祭は、あくまでも僕の個人的意見ですが、フランスのエクサン・プロヴァンス音楽祭と、オーストリアのザルツブルク音楽祭だと思います。

 なぜエクサン・プロヴァンス音楽祭かというと、21世紀の傑作として残るだろうと思うオペラ、ジョージ・ベンジャミン(1960-)の『リトゥン・オン・スキン(Written on Skin)』を2012年に世界初演したのが、このエクサン・プロヴァンス音楽祭。このオペラは同音楽祭が委嘱したもので大成功を収め、その後ロイヤル・オペラ・ハウスでも上演され、いまや世界中で取り上げられる現代作品のひとつとなっています。

 また、ザルツブルク音楽祭では2000年、同様に21世紀を代表するオペラとなるであろう、フィンランドの女性作曲家カイヤ・サーリアホの『遥かなる愛(L’amour de loin)』を世界初演しています。これは原題からわかるようにフランス語によるオペラです。『遥かなる愛』はメトでも上演され、僕は“METライブビューイング”で見ましたが、それは素晴らしいものでした。

 また、バレエとのかかわりでいえば、オペラの中で歌唱とバレエが同等に重要なオペラ・バレエの作品が、コンテンポラリー・ダンスによって再生することもあります。20世紀末、18世紀の作曲家グルックの『オルフェウスとエウリディーチェ』にドイツのコンテンポラリー・ダンスの振付家ピナ・バウシュ(1940-2009年)がダンスの振付をしたものは、パリ・オペラ座のレパートリーの中に入っていて、2、3年に1回は必ず上演されるほどの高い評価を受けています」

◆取材講座:「世界五大歌劇場から見るオペラとバレエの世界─都市の歴史と舞台の未来」

取材・文・写真/まなナビ編集室(土肥元子)

初出:まなナビ

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