2017.11.23 |暮らし   

この国宝が読めたらあなたは国宝通?「慧可断臂図」

 日本美術の作品名には難読のものが多い。なかでもかなりの人が「読めない」と思われるのが、水墨画の巨匠・雪舟が描いた国宝「慧可断臂図」(愛知・斉年寺蔵)だ。しかもその名の意味する内容がスゴイ。慧可という人物が臂(ひじ。要するに腕)を切断した図」だというのである。

 イラつく人がいると思うので、最初に記しておこう。「慧可断臂図」は「えかだんぴず」と読む。「慧可(えか)」とは禅僧の名前で、禅宗の開祖である達磨(だるま)の弟子だ。「臂(ぴ)」は肘の部分をさす。つまり「慧可断臂図」とは、禅僧慧可が肘から上を切断した図の意味である。

『週刊ニッポンの国宝100』第10号「中尊寺金色堂・慧可断臂図」p24-25「国宝名作ギャラリー」より

 この「慧可断臂図」はタテ183.0センチ、ヨコ113.5センチとかなり大きな作品で、落款から雪舟77才の時の作品だといわれている。雪舟は87才で没しているが、77才という老年でこれほどの大作に挑むそのバイタリティーはスゴイとしか言いようがない。

 ちなみに雪舟は、国宝に指定されている点数が個人最多の6点。この「慧可断臂図」以外の5点は山水画である。老境に達した雪舟はなぜ、この人物画を描いたのだろうか。

 冒頭に掲げた画像の右側を見ると、2人の人物がいる。岩壁に向いているのが達磨祖師。その達磨祖師をすがるような視線で見つめているのが慧可である。しかしこの逸話の時には慧可ではなく、神光という名だった。

 その逸話はこうだ。インドから中国に渡ってきた達磨は、今の中国河南省、少林寺近くにある岩窟で、9年間坐禅を組む「面壁九年」という行をおこなっていた。その修行中、神光という僧が弟子入りしたいとやってきたが、達磨は相手にしなかった。そこで、神光は自分の決意を示すために左腕を切断した。達磨はその決意を認めて入門を許し、神光は「慧可」と名を変え、禅宗の第二祖となった。

 この逸話を知って改めて絵を見ると、絵の迫力がなお一層増して感じられる。一心不乱に坐禅を組む達磨祖師の気迫と威厳に満ちた相貌、切り落としたばかりの左手を持ち、何が何でも弟子にと切迫した表情を浮かべた慧可。異様な迫力をもって描かれる巌。それらが相まって岩窟内に緊迫感が満ちる。

 達磨祖師の輪郭線は、まるでマーカーで描いたような太い淡墨色。子細に描きこまれたリアルな顔貌とは対照的になんとも大胆だ。そして慧可よりも奥にいるにもかかわらず、慧可よりも大きく描かれ、祖師の偉大さが際立つ構図となっている。

 この「慧可断臂図」は雪舟が晩年にたどりついた境地を表しているといわれ、主題を知り、その描法を知るほどに、心打たれる一幅となっている。

文/まなナビ編集室 写真協力/小学館

初出:まなナビ

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