2017.10.24 |暮らし   

認知症女性の生活が穏やかになった例も 注目の「介護美容」

 セラピストの手の動きにうっとりと目を閉じていると、夢のような30分間はあっという間に過ぎていく。

「今日はこの色がいいかしらね」

 差し出された色とりどりの口紅のパレットから、老齢の女性が選んだ色はローズ。綿棒でやさしく色をのせて唇がほんのり色づくと、パッと顔が華やいだ。

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チークや口紅の色を自分で選ぶことも認知症予防になるそう

 10月上旬、秋の柔らかな陽が差し込むその部屋には、心地いいBGMが流れ、栗や松ぼっくり、ハロウィン仕様のかぼちゃなどが飾られていた。テーブルの上には淡いピンク色のケースに入ったスキンケア用品やメイク道具がずらりと並べられて準備は万端。“即席エステルーム”の完成だ。

 東京・阿佐ヶ谷にある介護付有料老人ホーム『ライフステージ阿佐ヶ谷』では月に1度、メイクやマッサージなどを入所者に提供する『ビューティタッチセラピー』を導入している。

 この日、最初に多目的ホールに入ってきたのは、馬場美奈子さん(87才)。入所して3年。脊柱管狭窄症を患っており、歩くのにも痛みが走るという。

 施術を担当するセラピストの夏目美智子さんは、おしゃべりしながら、足の指1本1本をやさしくマッサージする。

 その後、すね、ふくらはぎ、ひざ裏からひざ上までていねいなマッサージを施す。片方の足をマッサージしている間、もう片方のかかとは化粧水を浸したコットンと食品用ラップフィルムを使ったパックで保湿する。

お化粧してもらうのはワクワクするのね

「以前は外出して、整体やオイルマッサージをしていたこともありました。だけど、だんだんと歩くのもしんどくなって、それきり。これをやってもらうととっても楽なの。指先までやってくださるでしょ。受けた日は歩くのが楽で、駅まで買い物に出かけたくなったりしちゃうのよ(笑い)」(馬場さん)

 フェイシャルマッサージとメイクの30分コースを受けていた市村弥栄子さんは御年94才。彼女を担当するセラピストの森紀子さんとは母と子のような仲の良さだ。

「私の娘と同じうさぎ年なのよねぇ」

 市村さんは、毎月森さんに会うのが楽しみだという。

「これまで全然してこなかったけれど、お化粧してもらうのってワクワクするのね。変われる自分を見るのが楽しい。この年になって楽しむことがまだあるのが嬉しいわよね」

お化粧やマッサージを受け、認知症の人の生活が穏やかになった

 同施設長で看護師の高橋桂さんが言う。

「入所者の皆さんが本当に嬉しそうなんです。お気に入りのメイクをしてもらうと、2階の“エステルーム”からわざわざ1階に下りてきて見せにきてくれたりもするんですよ。スキンシップを取りながらゆっくりとお話をすると精神的にいいのでしょう。落ち着きがなくナースコールを頻繁に押したり、何度もお通じを取ってくださいと言っていた認知症の女性が、お化粧やマッサージを受けたことで生活がとても穏やかになった例もありました」

『ビューティタッチセラピー』は全員が平等に参加できるところも魅力だ。

「体操や輪投げ、お手玉、風船、バレーボールなど体を使うものから百人一首、オセロ、漢字クイズやすごろくなど頭を使うもの、映画鑑賞やお菓子教室、生け花、書道まで、入所者が参加できるアクティビティーを増やそうとしました。

 しかしどれだけ種類を増やしても、何年か経つとマンネリ化してしまうし、そもそも体の状態によってはできないかたもいる。でも、美容に『できない』はないじゃないですか。そのうえ、きれいになるための時間、癒しの時間は飽きがこないんです」(高橋さん)

「美容」はぜいたくではない、日常生活の延長

 冒頭の『ライフステージ阿佐ヶ谷』に限らず、今、介護の現場に美容を取り入れる「介護美容」が注目を浴びている。普及に取り組む日本介護美容セラピスト協会の代表・谷都美子さんが言う。

「介護美容を始めたのは、自分の長い入院体験がきっかけでした。お見舞いに来てくれた人に少しでも元気な顔を見せたいと思い、病室で化粧をするようになったんです。そうしたらみんながまねし出して、病棟全体が明るくなったんですよ。

 その時、もしかしたら介護される高齢者にも同じ効果があるのではないかと思いついて、化粧療法を始めました。実際、表情が明るくなったり、積極的になったりといい変化が多く見られたうえ、免疫力もアップしていることがわかりました」

 流動食にすればのみ込む力が衰える。起き上がる用事がなければ足の筋肉も衰える。お茶も職員が運んでくれるため、自分でいれることができなくなる。高齢者が施設に入所すると、できないことが増える。そんな状況でこそ、スキンケアやメイクがリハビリや機能訓練につながるという。

「認知症はにおいがわからなくなることから始まります。だからアロマで嗅覚を刺激するだけでもいい。『美容』というとぜいたくだと思われたり、日常生活において余分なものという位置づけだったりする。しかし、ていねいに顔を洗ったり、化粧水をつけたりする行為は日常生活の延長で、特別なことではない。そうやって自分を自分で美しく保とうと手を動かし、手順を踏みながら努力することは、頭の体操にもなります」(谷さん)

リハビリを嫌がるリウマチ患者がフルメイク

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フルメイクをしてもらってお顔もパッと華やぐ。「話をしながらメイクしてもらうのはすごく楽しい」と語る市村さん

 ある70代の女性は、重度のリウマチで指先が動かず、食事も入浴もトイレも介助が必要だったという。そんな状況にもかかわらず、「リハビリは嫌だ」と寝たきりで何もせず過ごす彼女に、介護美容の普及に取り組む日本介護美容セラピスト協会の代表・谷都美子さんはメイクを施した。

「初めてメイクをしてあげたとき、すごく嬉しそうな顔をされたんです。それからお会いするたびに、おしろいのパフを持たせて『塗ってみてください』とか『ブラシを持ってみてください』と、少しずつ自分でメイクをしていただくようにしたんです。すると2年後には、自分でおしろいをはたき、眉も口紅も引けるまでになった。さらにたどたどしい文字でしたけど、『ありがとうございます』と直筆のお手紙までいただいて…本当に嬉しかったですね」

 ジャーナリストの櫻井よしこさん(71才)の母・以志(いし)さん(106才)も介護美容を受ける1人だ。

「95才の時にくも膜下出血で倒れて以降、自宅で介護しています。最初は看病そのものに集中するあまり、“病人”としてしか母を見ていませんでした。でもある時、母は自分で動けないことを除けば、以前と全く同じ母だと、ふと気づき、それなら『母の好きなことをなんでもしてあげたい』と考え、美容のことを思い出しました。母は倒れる前まで、月に1度自分でエステに通い、お肌や髪を手入れしてもらうのがすごく好きだったので、美容家の佐伯チズさんにお願いしたのです」(櫻井さん)

 佐伯チズさん(74才)は、以志さんのもとに通うきっかけをこう語る。

「櫻井先生のことは『きょうの出来事』(日本テレビ系)時代からの大ファン。飛行機の中で偶然お目にかかったとき、嬉しくて『先生にいつまでもきれいでいていただきたいので、ぜひ私にお手伝いをさせてください』とお伝えしたんです。

 そのあとしばらくして、『私よりも母をお願いできませんか?』とお電話をいただいて。それ以来ここ1年、月に1回、櫻井先生の家にうかがってお手入れをさせていただいています。メニューは、一般のかたと一緒で、ローションパックやマッサージ、デコルテケアなどをひと通り。ただ、体に負担がかからないようゆっくり、やさしく、ていねいに。時間は60分くらいで終えるように気を配ります」

 会話はできない以志さんだが、お手入れのあとは表情が柔らかくなり、声を出そうとする。また、佐伯さんが施術しやすいように体も動かしてくれるという。

「エステといっても普段遣いの化粧水や乳液を用いた、大げさではないものです。だけど、どんな病気の人でも身ぎれいにしているのとそうでないのとでは気分が違いますよね。その“気分”こそ、病気を遠ざけたり、逆に近づけてしまったり、とても重要なもの。こういう試みが増えることはとてもいいことだと思います。とくに母に関しては、介護美容はてきめんに効果がありましたから」(櫻井さん)

※女性セブン2017年11月2日号

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