2017.11.17 |暮らし   

84才、一人暮らし。ああ、快適なり「第8回 耽るということ」

 1965年に創刊し、才能溢れる文化人、著名人などが執筆し、ジャーナリズムに旋風を巻き起こした雑誌『話の特集』。この雑誌の編集長を30年にわたり務めたのが矢崎泰久氏。彼はまた、テレビやラジオでもプロデューサーとして手腕を発揮、世に問題を提起してきた伝説の人でもある。

 齢、84。歳を重ねてなお、そのスピリッツは健在。執筆、講演活動を精力的に続けている。ここ数年は、自ら、妻、子供との同居をやめ、一人で暮らすことを選び生活している。

 オシャレに気を配り、自分らしさを守る暮らしを続ける、そのライフスタイル、人生観などを連載で矢崎氏に寄稿してもらう。

 今回のテーマは「耽(ふけ)るということ」。さて、矢崎氏は何に耽っているのだろう…。

 悠々自適独居生活の極意ここにあり。 

image5

書斎で執筆をするときも、資料読みはかかせない

 * * *

本を読むスピードは井上ひさしさんと拮抗している

 人にはいろいろなタイプがある。

 井上ひさしという天才劇作家が、かつてこの世に存在した。

 遅筆で編集者泣かせの作家だったが、出来栄えは極上だった。

 劇場の初日に台本が間に合うことなど奇蹟に近かった。

 作品に取りかかる前に、資料を山ほど集め、徹底的にあたる。つまり読み耽るのだ。すると、次から次に、もっと深く知りたくなる。満足するまでには、時間がかかった。

 小説には駄作もあったが、劇作は完璧だった。耽った結果、小説の場合は、資料に負けてしまうこともあったのだが、脚本では、必ず勝ったのである。

 本を読むスピードにかけては、ひさしさんと私は、いい勝負だった。だから、質は違ったが、量は拮抗(きっこう)していた。

 私も、並みの耽り方ではないのだ。

 神田の古書店に行くと、持ち歩けないほどの本を買い込む。それを一週間経たない内に、読了してしまう。

 人にはたいてい何か特技があって、耽る習性を備えているタイプの人も少なからずいると思う。何が特技か気が付かない人もいるだろうが、読書に耽けるタイプには、共通項が沢山ある。

 何より、読まずにはいられないこと。

 他にどんな用事があっても、読書に嵌(はま)ると、何もかも投げ出してしまうのだ。約束事があっても、どこかにすっ飛ばす。嘘も吐(つ)くし、突然行方不明になってまでして読む時間を作る。

 ひさしさんは言葉の天才になったが、私の場合は、ひたすら読み耽るだけだから、せいぜい脳を刺激するのみ。

 それでも、得たものの多くは、読書によってもたらされた。

「人、さまざまだから」という、私が多用する言葉(フレーズ)をひさしさんは気に入っていて、「そろそろお別れとしますか。人、さまざまだから」と嬉しそうに使ってくれたのだが、「人、さまざまだから」仕方なく、人はさまざまなことに耽るわけ。

 気が付かない人の方が多いかも知れないが、それが習性なのだ。

引っ越すたびに往生するほどの本の山に囲まれて

 私は井上ひさしほど厖大(ぼうだい)な蔵書を残していないが、引っ越しをする度に書籍の移動には往生した。

 下らない本が多いのには辟易とする。仕事場で一人暮らしをするようになって、まだ3年そこそこなのに、今や本の山に埋もれている。いつの間にか、本をかき分けて仕事をするハメになってしまった。

 一番困るのは文庫本である。字が細かいのでどんどん視力の落ちる我が身には、実に難儀なのだ。それでも読まないワケにはゆかぬ。

 近頃、非常に腹立たしい思いをしたのだが、永井荷風の『ぼく(氵に墨)東奇譚』と、谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』(共に新潮文庫)を買ったところ、すべて現代かなづかいになっているのだ。

 つまり、古い人間にとっては、全く違う作品がそこにあった。

 だから「クタバリ損いなんだよ」と言われそうだが、老人には老人の流儀がある。時代の趣(おもむき)とは、言葉によって紡がれているのである。断固許すわけにはゆかない。

 最近になって、伝記を数冊読んだ。

『ヒトラー』(上・下巻)イアン・カーショー著(訳・福永美和子 白水社刊)、『マオ=誰も知らなかった毛沢東』ユン・チアン、ジョン・ハリディ共著(訳・土屋京子 講談社刊)、『スターリン』(上・下巻)サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ著(訳・染谷徹 白水社刊)、の計六冊。

 いずれも千ページ前後の分厚い書で、かなり時間がかかったが、大感銘を受けた。どっぷり嵌ってしまったのである。

   3人の独裁者の非道さには驚嘆した。結果的にはテレビを見る時間を徹底的に削った。と、同時に久しぶりの心持良い疲労を味わって陶然(とうぜん)とした。

 耽る醍醐味(だいごみ)ここにありという満足感をたっぷり味わった。

 生きている内に読んで良かったと、贈ってくれた飛鳥新社社長の土井尚道氏に感謝感激だった。

老人は何かに耽るべきだ

矢崎さん3

大分県の竹田市立歴史資料館にて

 多少寿命が縮まったかも知れないが、読書に耽る楽しみにはとうてい替えられない。

 老人は誰も、何かに耽るべきだと思う。

 読書の習慣のない人には絶対に本を読むことだけは勧められない。多分パニックを起こして即死するかも知れないからだ。でも、好きなことに耽けることによって、無上の楽しみを味わえるのは間違いない。

 但し、酒や煙草や大麻のような嗜好品に耽ってはならない。短命を助長するだけだろう。

 私がお勧めするとすれば、好色かギャンブルが最高のように思うのだが、若い友人を作ることも良いかも知れない。

 元手の無い人は、若者たちが集う場所で、邪魔にならないようにしながら、のんびり日向ぼっこしたらいい。

 
FullSizeRender

矢崎泰久(やざきやすひさ)

1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

→このシリーズの次の記事を読む
85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第9回 テレビの功罪】

【このシリーズの記事を読む】

第1回 そもそものはじまり
第2回 老いはするが老人にはならぬ
第3回 自由って何だろう
第4回 おいしい生活
第5回 通院の帰り道
第6回 好色のすすめ
第7回 夢の続き
第8回 耽るということ
第9回 テレビの功罪
第10回 遊び
第11回 ギャンブル好き
第12回 便利は復讐する
第13回 老作家が描くエロスの凄み
第14回 スマホって何だろう
第15回 不倫スキャンダル
第16回 明治維新と向き合う
第17回 無駄遣い
第18回 ラブレター
第19回 老いらくの恋
第20回 料理人(シェフ)はアーチスト
第21回 エロティシズム礼賛


【関連記事】
黒柳徹子実践の健康法「ご飯3膳半」、糖質摂りすぎ大丈夫?

『九十歳。何がめでたい』1万通超の読者ハガキにみる人生訓

コメントが付けられるようになりました▼

この記事が役に立ったらシェアしよう

  •  

▶コメント

※編集部で不適切と判断されたコメントは削除いたします。
※寄せられたコメントは、当サイト内の記事中で掲載する可能性がございます。予めご了承ください。