2017.12.04 |暮らし   

84才、一人暮らし。ああ、快適なり「第9回 テレビの功罪」

 1965年に創刊し、才能溢れる文化人、著名人などが執筆し、ジャーナリズムに旋風を巻き起こした雑誌『話の特集』。この雑誌の編集長を30年にわたり務めたのが矢崎泰久氏。彼はまた、テレビやラジオでもプロデューサーとして手腕を発揮、世に問題を提起してきた伝説の人でもある。

 齢、84。歳を重ねてなお、そのスピリッツは健在。執筆、講演活動を精力的に続けている。ここ数年は、自ら、妻、子供との同居をやめ、一人で暮らすことを選び生活している。

 オシャレに気を配り、自分らしさを守る暮らしを続ける、そのライフスタイル、人生観などを連載で矢崎氏に寄稿してもらう。

 今回のテーマは「テレビ」。徹夜でスポーツを観賞することもあるという矢崎氏は、テレビ創世記から制作にもかかわってきた。そのテレビに思うこととは…。

 悠々自適独居生活の極意ここにあり。 

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寝る間を惜しんで、テレビでスポーツ観戦をする

 * * *

 10年程前から、10月、11月はテレビの虜になってしまう。ひどい日には1日10時間以上もテレビを観ている。

 最大の理由は、ワールド・シリーズと日本シリーズをリアルタイムで観戦してしまうからだ。

 加えてBS放送が始まってからは、アメリカのバスケット・ボール、フットボール、更にヨーロッパのサッカーを観るのだから、時間がいくらあっても足りない。

 時にはNHKの大河ドラマ、テレビ朝日の『ドクターX』『相棒』を観る。

 ヤレヤレである。

 同居人が居ればストップをかけられるところだが、一人暮らしをしていれば制約なし。私ときたら、もともと何事によらず、限度というものを弁(わきま)える質(たち)の人間ではない。まったくもって気ままそのものなのだ。
 
 テレビを観続ければどうなるか。
 
 当然、疲労困憊(くたくた)の極(きょく)に達する。仕事はむろんのこと、読書も、食事も疎(おろそ)かになる。それが異常に続くと、突然ブッ倒れてしまう。

 自慢ではないが、スタミナ抜群であっても、見かけ以上に老いさればえてござる。

 つまり、アウトとなった挙句に爆睡(ばくすい)する。あらゆることをスッポかし、ようやく回復と相なるわけ。バカだねぇ。

テレビ創世記から共に生きてきた

 自業自得であるから、テレビを恨むわけにもゆかない。それでも一向に懲りないのだから、我ながら全く始末に負えない。

 戦争中はラジオしかなかった。しかも、浪花節(なにわぶし)か落語だけが娯楽放送で、大相撲中継は年間1度しかない。他は説教かニュースばかり。子供のことなどNHK(日本放送協会)は知らん顔だ。

 戦争が終っても、しばらくは混乱のまっ只中にいた。

 1950年の朝鮮戦争によって、特需景気が訪れた。食足りてようやく娯楽が蘚ったのである。

 街頭テレビに人々は群がった。頑張れ! 力道山。
 
 テレビの誕生と私の青春はほぼ同時だった。

 同世代の人々がテレビで大活躍するようになった。永六輔、青島幸男、前田武彦、大橋巨泉。みんな生々(いきいき)していた。創世記のテレビは、彼らによって占拠されていたと言っても過言ではない。

 カラーテレビが登場する。1964年の東京オリンピックで普及化する。と、同時にテレビは一気に巨大(マンモス)化したのである。

 作家の柴田錬三郎は、永六輔一味を「テレビの寄生虫」と罵り、評論家の大宅壮一は「一億総白痴化」とテレビを社会悪と決めつけたのだった。

 いつしかテレビ・コマーシャルが時代の先端の位置を占める。これがキッカケのように、日本の社会はどんどん墜落の一途を辿った。

 要するに金、金、金の時代がどんどんふくらんで行ったのである。誰もが、それに呑み込まれて行った。

 理想の民主主義や格差のない自由などは、どこかに埋没してしまったのである。それを平和ボケと称する人もいたが、ほとんどの人達は気づくこともなく、欲望の趣くままに生きるようになってしまった。

 他人事ではない。その坩堝(るつぼ)の中に自分もスッポリ収納されてしまっていたのである。

 時代は目まぐるしく変って行く。取り残されまいと、追いつけ追い越せ、あくせくと生きた結果、私たちは一体何を獲得したのか。

スマホは持たない、ロボットの支配は受けない

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テレビを消して原稿執筆中

 反省したところで、もうどうにもならない。そんな思いの中で老いを迎えた者たちが抵抗できるとすれば、スマホは持たないとか、ロボットの支配だけは受けないと決心することぐらいである。

 日々の価値感が変わり、理想も持たず、目標もない。そんな若者が巷(ちまた)にあふれているように私には見える。

 余計なお世話だと一笑に伏されるかも知れないが、私たち昭和ヒトケタの意地(おもい)は譲れないと、やっぱり思う。

 テレビで有名になり、コマーシャルに登場することが恥と思わないタレントであふれている。金の蔦に魂を売ったっていいじゃないかと開き直っている。勲章を欲しがる高齢者には目を覆いたくなるが、叙勲制度に疑問を持たない阿保には、つける薬はないのだ。

 せめての楽しみを見つけたくなる自分が、いささか哀れではあるけれど、かと言って憤死だけはしたくない。

 そんなわけで、ま、いいかと、テレビのスイッチを点けて、スポーツを観る。テレビには、そうした功罪がはりついているに違いない。

 取り敢ず、必ず決着がつく。それが勝負と言うものだ。だから、私は予想を立てて、スポーツ競技を見続ける。見果てぬ夢を、何かに託すことで、今日という一日を終らせることができる。

 究極の楽しみとは、何事によらず予知することではないだろうか。やがて自分にも終りはやってくる。その時、納得できるかどうか。自分自身で見届けたい。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

→このシリーズの次の記事を読む
85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第10回 遊び】

【このシリーズの記事を読む】

第1回 そもそものはじまり
第2回 老いはするが老人にはならぬ
第3回 自由って何だろう
第4回 おいしい生活
第5回 通院の帰り道
第6回 好色のすすめ
第7回 夢の続き
第8回 耽るということ
第9回 テレビの功罪
第10回 遊び
第11回 ギャンブル好き
第12回 便利は復讐する
第13回 老作家が描くエロスの凄み
第14回 スマホって何だろう
第15回 不倫スキャンダル
第16回 明治維新と向き合う
第17回 無駄遣い
第18回 ラブレター
第19回 老いらくの恋
第20回 料理人(シェフ)はアーチスト
第21回 エロティシズム礼賛

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