2019.09.05 |暮らし   

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第5回 今日は会社休み?】

 若年性認知症の兄とライターのツガエマナミコさんは、現在兄妹2人暮らし。兄の病気が発覚した当時は、認知症の母の介護をしている最中で…。

 兄との日常を綴る連載エッセイ。「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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 * * *

職場の人が心配する

 兄は、都内のとある販売会社に勤めています。20代からずっと変わらずお世話になっている個人商店的な零細企業です。

 販売は今やネット化しているのに、兄はパソコンの使い方がもうわかりません。すでに仕事らしい仕事はできていないというのに温情でお給料を出していただいています。定年はないと聞き、わたくしもそれに甘えて今まできてしまったのですが、これ以上ご厄介をかけるのは人としてどうなのかと思い、今まさに退職すべきか否かの岐路に立たされているところです。

 会社の方には感謝しかありません。兄を病院へ連れていけたのもじつは会社の方々のおかげなのです。

 それは、住宅ローン事件(第4回参照)から半年が経った頃でした。

 朝、いつものように出勤したと思ったら、10分ぐらいで帰ってきたのです。忘れ物?と思ったのですが、一向に出掛ける気配がなく、結局その日は欠勤。翌日は出勤したものの昼過ぎに帰ってきて自室にこもったまま、夕食まで出てきませんでした。「どうしたの?」と聞くのもはばかられ、「まぁ、そんな時もあるか」と放置してしまいました。

 実際、わたくしは母の介護で常に疲れオーラを全面に押し出していたので、兄も何も言えなかったのでしょう。黙ったまま1週間が過ぎました。

 すると会社の人から電話があり、心配して家のそばまで来ているというではありませんか。

 先輩のお話しによると 兄は長い間会社で暗く塞いでいたようで、仕事にも身が入っていなかった様子。父の死や母の病気で“うつ”になっているかもしれないとみなさんが心配し、会社近くの病院に行くように促してくれたのです。そこから大学病院の紹介状を書いてもらったので先輩はてっきり、兄が大学病院に行ったものだと思っていたようでした。

 でも兄は「え?そんなのもらいましたっけ?」と記憶にないようで、急いで鞄の中をあさる始末。出てきた封筒を手にして先輩は「じゃ、これから行ってみよう。もう受付終わってるかもしれないけど」と言い残し、兄を連れて行ってくれました。

 結局、その日は受診できず、大型連休明けすぐに、わたくしが兄を連れて大学病院に行きました。

 このきっかけがなければ、わたくしは母の介護を理由に兄を放置していたと思います。兄が家ではいつもやさしく穏やかだったことで、大きな危機感を持たず、脳トレでもすれば多少は回復するんじゃないかと甘く考えていたのでございます。

つづく…(次回は9月12日公開予定)

文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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