2018.01.05 |暮らし   

84才、一人暮らし。ああ、快適なり「第11回 ギャンブル好き」

 才能溢れる文化人、著名人を次々と起用し、ジャーナリズム界に旋風を巻き起こした雑誌『話の特集』。この雑誌の編集長を、創刊から30年にわたり務めた矢崎泰久氏は、雑誌のみならず、映画、テレビ、ラジオのプロデューサーとしても手腕を発揮、世に問題を提起し続ける伝説の人でもある。

 齢、84。歳を重ねてなお、そのスピリッツは健在。執筆、講演活動を精力的に続けている。ここ数年は、自ら望み、一人で住まう。

 そのライフスタイル、人生観などを矢崎氏に寄稿していただき、シリーズ連載でお伝えする。

 今回のテーマは、「ギャンブル」だ。ギャンブル好きを自認する矢崎氏。さて、その心中やいかに。

 悠々自適独居生活の極意ここにあり。 

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「根っからの遊び人で、ギャンブル好き」を自認している

 * * *

80才まで負け知らずだったが…

 私は根っからの遊び人間だが、とりわけギャンブルは幼少の頃から、今日までずっと楽しみ親しんでいる。自慢するような話ではないけれど、好きこそ何とやらで、80才を越えるまで、ほとんど負けたことがなかった。

 種目は沢山あったけど、競馬と麻雀(マージャン)は現在でも毎週のように続けている。ところが異変が起きて、競馬は10回に1度くらいしか当たらないし、麻雀はのべつ負けるようになった。眞(まこと)、無念でならない。
 競馬は競馬場に足を運ぶことが肝要なのだが、近頃は月に1度くらいしか行かなくなった。友人に頼んで土、日にインターネットで馬券を購入してもらっている。しかも、予想紙のデータが細かい字で記されているので、ついつい研究が疎かになる。

 ま、競馬は公認ギャンブルだから、自由気ままに、資金さえあれば遊ぶことが出来るが、麻雀となると、賭けていることは公然の秘密である。お上(かみ)に睨まれると突然踏み込まれたりする可能性がある。大っぴらにやっているように見えるが、実はコッソリ、コソコソやってきた。

 あんまり相手を痛めつけると、大負けした根性なしのダチ公が、警察に駆け込んだりすることだってある。これまでに二、三度は実際に酷い目に会された。でもまあ、趣味でやるのなら、サツも見て見ぬ振り、よほどの事がない限り無事であるが、明治以来の刑法でずっと今も取り締まられているのである。

 バブル期には大金を賭けたこともあったが、最近はお遊び程度のやり取りでしかない。でも、どこかでコソコソしなくてはならないのは事実だから、眞面目人間からは軽蔑されることも少なくない。

 実はこの世にはギャンブルで飯を食っている人がかなり多数いる。本当のギャンブラーはプロの賞金稼ぎたちである。

 競馬で言うならば、馬主(オーナー)、調教師(トレーナー)、騎手(ジョッキー)たち。それを操っている胴元は国なのだから恐れ入る。

 個人となると最たるプロは、各種スポーツ選手、碁打ち、将棋指しは押しも押されもせぬギャンブラーだと思う。

 尊敬を込めて言えば、永世七冠に輝いた将棋界の羽生善治さんは、頂点に君臨している立派なギャンブラーである。例えば七冠目の竜王戦の賞金は4320万円。公認だから、税金を取られるだろうが、対局ごとに勝てば年間多額の収入がある。

世の中にはギャンブルがいっぱい

 つまり、ギャンブラーには、公認と非公認がいて、堂々と勝負している人と、コソコソ遊んでいる人とに分かれているのである。

 もちろん、これは日本の場合であって、ギャンブルに寛容な国と厳しい国がある。イギリスでは、女王から一般人まで誰もがギャンブラーと言ってもよい。どんなことも賭けの対象になるという不思議なお国柄なのだ。

 オッズ屋という取業があって、王子の子がいつ生まれるか、現在、サザビーのオークションに出されているピカソの絵は幾らで落札されるか、日本の大相撲の初場所は誰が優勝するか、などなど、何でも賭けの対象になる。いわばギャンブルが日常化している。恨やましい。

 株だって先物取りきだって、私はギャンブル以外の何でもないと思っている。絶対ビジネスじゃないと声を大きくして言いたい。

 のべつ市井を賑わしている宝くじは正(まさ)しくギャンブル中のギャンブルである。年末ジャンボに行列を作る人は今も後を絶たないが、あんなインチキなものは他にない。何しろ、発売と同時に、1枚300円の宝くじは、半分近く国や自治体に取られてしまう。そこから経費が引かれ、残りが当選金というわけだから、必ず儲かる側と、滅多に当たらない側とに二分されてしまう。不公平その上ないギャンブルなのだ。

賭け事好きには住みにくい国

ギャンブル3

定期的に仲間と集まり麻雀を楽しむ

 それなのに私はギャンブルに嵌って生きてきた。要するに賭け事大好きという性分なのである。

 外国のカジノには何回も行っている。日本にカジノがなくて本当に良かったとつくづく思う。もしあったら、毎日通っていたかも知れない。ところが、私が棺桶に両足突っ込む頃には、どうやら日本にもカジノが出来るらしい。もちろん民営でなくて国営ということになるのだろうが、胴元がギャンブル依存病の心配をしているのだから、笑ってしまう。

 パチンコに嵌って生活保護を受けている人がどれほどいるか。現実は悲惨だ。

 刑法には、「偶然の勝負に金銭、及び財物を賭してはならない」と明記されている。はっきり言って、この矛盾をどう説明するのだろう。売防法(売春防止法)と同じく、刑法もあちこちで綻びている。ザル法そのものと言える。

 ギャンブルを民間に委ねるという思想が、この国にはない。税金を課した上に、更に庶民から金を巻き上げるというのだから、ギャンブル好きには、住みにくい国と痛切に感じる。

 でも、生きてる間は辞めません!

【このシリーズの他の記事を読む】

第1回 そもそものはじまり
第2回 老いはするが老人にはならぬ
第3回 自由って何だろう
第4回 おいしい生活
第5回 通院の帰り道
第6回 好色のすすめ
第7回 夢の続き
第8回 耽るということ
第9回 テレビの功罪
第10回 遊び

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

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