2017.12.30 |暮らし   

シニア特急~初老の歴史家、ウェールズを征く~<29>【連載 エッセイ】

 長年、イギリス史を研究してきた、歴史家でエッセイストの桜井俊彰氏は、60代半ばにして、自身にとって「行かなければいけない場所」であったウェールズへの旅に出かけます。

 桜井さんのウェールズ旅の軌跡を、歴史の解説とともに綴った、新しいカタチの「歴史エッセイ」で若いときには気づかない発見や感動を…。

 シニア世代だからこそ得られる喜びと教養を堪能してください。

 さあ、『シニア特急』の旅をご一緒しましょう!

【前回までのあらすじ】

 ウェールズの大聖堂「セント・デイヴィッズ」にゆかりの深い『ジェラルド・オブ・ウェールズ』の本を日本人向けに出版した桜井氏は、「セント・デイヴィッズ」を訪れ、その著作を寄贈することを夢見ていた。

 そして、ついに念願が叶い、ウェールズへの旅へ出発する。

 飛行機、列車、バスを乗り継ぎ、無事に目的地である大聖堂「セント・デイヴィッズ」のある街、セント・デイヴィッズに到着した。

 宿はB&Bの「Ty Helyg(ティー・へリグ)」。早速、訪れた大聖堂は土地の谷底にそびえ建っていた。神聖なる聖堂の中へ入り、ついにジェラルド・オブ・ウェールズの石棺に出合う!また、思いがけず、テューダー朝の始祖である国王ヘンリー7世の父、エドモンド・テューダーの石棺にも巡り合う。

 ジェラルドについて記した自著を大聖堂「セント・デイヴィッズ」へ献上したいという思いを果たし、そしてまた、バスを乗り継ぎ、次の目的地、ペンブロークに向かう。

 予約していた宿「Old Kings Arms Hotel」は、まるで絵本に出てくるような外観。荷をほどき、早速、ペンブローク城に向かう。城内巡りを堪能した後、夕食をとるためにホテル内のレストランの席についたところ、日本の俳優、笹野高史似のホテル支配人から、彼の友人が書いた日本海軍についてのレポート内容について、質問を受ける。日本は、東郷平八郎をスパイにして、イギリスの船艦建造技術を盗んだのではないかという説を聞かされるのだった。

→前回(28回)の記事を読む

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夕暮れどきの「ペンブローク城」

* * *

(2017/4/11 ペンブローク)

VIII アドミラル・トーゴーと戦艦「ヘイエイ」(3)

●英国人としてのウェールズ人

 ただし、それを値引いてみても英国が日本のために損得を抜いて尽くしてくれた、さすが英国精神というべきところは、歴史を振り返ればそれなりにあるのも事実だ。

 先にもいったが、誕生したばかりの日本海軍の士官を受け入れてくれたこと。いくら商売とはいえ、最新の軍艦を日本のために造ってくれたこと。日本人相手に即物的な付き合いだけではなく、たとえば日本海軍軍人の精神面の教師になってくれたことなど、ボランティア的精神に基づいた支援は確かにある。

 それゆえ、あんなに面倒をみてやったのに何だという、第2次世界大戦での日本軍のしうちに起因する彼らの恨みは、それなりに理解できるのである。

 とりわけ、ここペンブロークには艦船の建造に携わっていた人々や英国海軍軍人の親族、後継者も多く、英国の造船業が戦後日本に取って代わられたことも相まって、複雑な思いを日本に抱く人もいるだろう。

 ウェールズはいい、ウェールズはイギリスとは違うと、私のようにウェールズびいきになるのは勝手である。

 ただ、ウェールズは紛れもないUKの一部であり、英国の兵士として出征し、日本人と戦った人たちが存在するのも事実だ。イングランドを始め、スコットランド、北アイルランド、そしてウェールズにも英国人として日本人に恨みを持つ人がいて当然だろう。

 あんまりウェールズびいきだと、はしゃぎすぎてもいけないのかもしれない。このササノさんの友人の件で少し思った。

 それにしても、あのレポートを書いたのは本当にササノさんの友人なのか。もしかしたらササノさん自身ではないのか。まあ、それはわからないほうがいい。ササノさんはあくまでも老ジェントルマンであり、この「Old Kings Arms Hotel」の穏やかな支配人なのだから。

 そんなわけで、あっという間にレストランタイムの6時半となり、私はウェイターにサーモングリルと温野菜&チップスと、もうワン・パイント、ダブル・ドラゴンズのラガーを注文する。

 お腹はさすがにペコペコである。運ばれてきたサーモングリルの絶品だったこと。さすがウェールズである。

 おっと、言った先からまたはしゃいでしまった。私は空腹と美味しさのあまり黙々とナイフとフォークを動かす。ふと顔を上げると、テーブルはいつの間にか全て埋まっていた。いいディナーである。

 満腹になり、眠くもあり、席を立つとフロントでこっちを見てほほ笑むササノさんに手を上げながらその脇を通り、階段を上って部屋に戻った。

 広めのバスタブにお湯を張り、ゆっくりと浸かる。何と気持ちのいいこと。もう、たまらなく眠くなった。ずいぶんと大きなバスタオルで体をふき、日本から持って来たパジャマに着替えてどっとベッドの上に大の字になる。そのまま眠りに落ちていった。

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桜井俊彰

桜井俊彰(さくらいとしあき)

1952年生まれ。東京都出身。歴史家、エッセイスト。1975年、國學院大學文学部史学科卒業。広告会社でコピーライターとして雑誌、新聞、CM等の広告制作に長く携わり、その後フリーとして独立。不惑を間近に、英国史の勉学を深めたいという気持ちを抑えがたく、猛烈に英語の勉強を開始。家族を連れて、長州の伊藤博文や井上馨、また夏目漱石らが留学した日本の近代と所縁の深い英国ロンドン大学ユニバシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の史学科大学院中世学専攻修士課程(M.A.in Medieval Studies)に入学。1997年、同課程を修了。新著は『物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 』(集英社新書)。他の主なる著書に『消えたイングランド王国 』『イングランド王国と闘った男―ジェラルド・オブ・ウェールズの時代 』『イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 』『英語は40歳を過ぎてから―インターネット時代対応』『僕のロンドン―家族みんなで英国留学 奮闘篇』などがある。著者のプロフィール写真の撮影は、著者夫人で料理研究家の桜井昌代さん。

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