2019.12.12    1

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第19回 兄、新居を覚える】

 一緒に暮らす若年性認知症の兄が引越しすることをなかなか理解できず、すったもんだの末、ようやく新居に。しかし…。

 ライターのツガエマナミコさんが兄との暮らしを綴る連載エッセイ。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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引越し後にできなくなったこと

 引越してからの問題は通勤でした。朝は、駅に向かう人の流れがあるので大丈夫だったのですが、帰りは難問でございました。不動産表記でいう「駅から徒歩5分」から「徒歩7分」に引越しただけですのに、1か月経っても1人で帰ってこられず、途中で携帯から連絡が入るありさま。駅からはほぼまっすぐで、1か所曲がればいいだけなんです。でもそのたった1つをいつも間違ってしまうというもどかしさ。

 当然はじめの1週間は駅まで迎えに行きました。次からは連絡が来るまで迎えに行かないようにして、一度は1人で帰ってきたこともあったのですが、翌日はまた迷子でした。確かに似たようなマンションがいくつも立ち並んでいるので、間違えやすいことは否めないのございますが、ある日は連絡もなく深夜まで帰ってこないことがあり、わたくしが捜索すると全然違うマンションの入り口でオートロックの鍵をかざしている兄を発見しました。2時間近く夜道をさまよっていたと見えて、わたくしの顔を見るなり「ああ、よかった」と心底安堵した兄の顔は忘れられません。携帯は充電切れだったようです。

 その後は曲がり角で待つ日々を繰り返し、そろそろ大丈夫かなと思った頃でも、雨が降ると町の見え方が変わるのか、やはり「迎えにきて」の要請が…。そんなこんなでちゃんと1人で帰って来られるようになったのは引越しから1か月と1週間後でした。

 ある日、駅から電話をくれることなく、突然帰ってくるようになりました。よかったと思う反面、家に着くタイミングがわからないので、それはそれで嫌なもんだと思い、勝手な自分にちょっと苦笑いたしました。

 というのも、まだ父も母もいて、兄が認知症だとわかる前は、毎日最寄り駅から兄がわたくしの携帯にしてくる“帰るコール”がうっとうしくて仕方がありませんでした。「すぐ近くなんだから黙って帰ってくればいいのに、面倒くさいわ」とさんざん愚痴っていたのでございます。でも認知症がわかり、2人暮らしになってからは、駅まで帰ってきたことがわかる安心材料だったので、この習慣があってよかったと神様に感謝していました。

 それがプッツリなくなったのは、携帯の操作がわからなくなったからでございます。

 我が兄妹は2人とも古めかしい2つ折りのガラパゴス携帯。今から思えば、家族が再結集した7年ほど前に兄はもうメール機能の使用が怪しくなっていました。メールをしても返信がなかったからです。

「メール見た?」と言っても「え?気が付かなかった」という具合で、当時は「年取ったな」程度にしか思っていませんでした。わたくしもメカニックには相当疎いほうで、違う機種になると操作がわからないレベルですから兄のことは言えませんが…。

 電話機能も使えなくなったとわかったのは、引越し後、初の病院の日でした。

 毎回会社へは病院の日を伝えてあるのですが、「今日は病院なので終わり次第出社します」的な連絡を兄は自主的に入れていたのです。ですが、その日は電話をかける様子がなかったので、「会社に電話は?」というと、携帯電話をみつめながら重い口調で「電話番号がわからない」と言ったのです。

 前回の病院の日までできていたことが、2か月の間にできなくなってしまった。これがザ・認知症。

 わたくしが履歴を出してみると、わたくしと会社の番号しか出てきません。「これだよ」と電話番号を出し、「ここを押せば会社にかかるから」と初歩的なことを教える事態となり、わたくしはまた1つ兄の症状が進んだことを実感しました。

 電子レンジ操作でも感じていましたが、引越し前にはできていたことが引越しを境にできなくなっている気がします。やはり環境の変化が影響しているのでしょうか。携帯、電子レンジ、エアコンのリモコンなど、ボタンがいくつも並んだものは、迷い諦める傾向が強いようです。唯一、テレビのリモコンだけは使える…今はそんな兄でございます。

つづく…(次回は12月19日公開予定)

文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある
第4回 疑惑から確信へ
第5回 今日は会社休み?
第6回 今年は何年ですか?
第7回 アパート借りっぱなし事件
第8回 アパートはゴミ屋敷
第9話 全部処分していい
第10回 で、どうすりゃいいの?
第11回「奥さん」じゃないんですけど…
第12回 たびたび起こる出社拒否
第13回 退職金が出ない!?
第14回 兄の焼肉病
第15回 社長様のお説教
第16回 住所が書けない
第17回 マンション買い換え
第18回 引越しは大格闘スペクタクル

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  1. ゆこみみ より:

    ボタン操作難しくなります。母ももともと機械が苦手だったこともあり、テレビのリモコン操作もできません。電話は、一緒にいる時に使ってます。私が外からかけても 取ることが、出来ず、連絡が、いつもつきません。

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