2020.01.16 |暮らし   

ユマニチュードはなぜ、効果があるのか? ケアではない「人間関係」を築く技術

「認知症が進んだ女性に『ユマニチュード』の技法を使って挨拶したら、ぱっと目を開いて、視線を合わせてくれたんです。『あ、通じてる』と思いました。介護の経験がまったくない私でもできたんです。あの瞬間には本当に感動しますよ」。

 こう話すのは、北星学園大学の大島寿美子教授。2016年にコミュニケーション・ケア技法「ユマニチュード」に出会い、その技術の奥深さに心を奪われたという。その後、ユマニチュード認定インストラクター試験を首席で合格し、資格を取得。科学ジャーナリストであり、大学でコミュニケーションの教壇に立つ大島教授に、この技法の魅力を教えてもらった。

高齢者と介護スタッフが「今、ここ」に

 大島教授は2015年の冬、古くからの友人である本田美和子先生(※1)からの声がけをきっかけにユマニチュードと出会う。東京にいる本田先生から「今度、ユマニチュードを活用している高齢者施設に見学に行かない?」と誘われて興味をもち、同行したのだ。

※1 国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。2012年頃から日本にユマニチュードを紹介し、普及する活動を行なっている。

「科学ジャーナリストとして活動していたときから、“意識や価値観が異なる人々の関係性”に関心がありました」と、大島教授

「初めてユマニチュードを使った高齢者ケアを見てまず感じたのは、接触の仕方がとても濃密ということです。それと、ケアをする方が『今から服を脱ぎますよ』『右足を上げてもらえますか?』などと実況中継のようにずっとしゃべっているのが、すごく印象的でした。それに対して高齢者の方が少しでも反応すると、『よく足が上がっていますね』『いいですね、素敵です』と、しっかり褒めるんです」(大島教授、以下「」内同じ)

 介護の経験がまったくなかった大島教授には、そのケアが通常の介護とどう違うのかはわからなかった。ただそのとき、ふと頭に浮かんだのは「今、ここ」というイメージだった。

「認知症の方は意識がふっと遠くに行っているような状態。介護スタッフは目を合わせたり、触れたり、話しかけたりすることで、その方の意識を『今、ここ』に呼び戻しているような感じを受けました」

ユマニチュードの「4つの柱」と「5つのステップ」

 ここでまず、ユマニチュードの理論と技術を説明する。ユマニチュードは「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つを柱としている。

認知症ケア「ユマニチュード」|イラストで解説する基本の柱「見る」「話す」技術
認知症ケア「ユマニチュード」|心だけでなく技術で伝えるケア「触れる」「立つ」のやり方

 そして、それらを使って「あなたのことを大切に思っています」と伝えるために、「5つのステップ」を踏んで介護を行う。

認知症ケア「ユマニチュード」|在宅介護で実践できる 5つのステップ

「ユマニチュードを使ったケアでは『足を上げてもらえますか?』『目を開けてもらえますか?』というように、“本人にやってもらう”ことを促すのがポイントなんです。認知症だから、高齢者だからどうせできないだろうと決めつけるのではなく、まず本人の意思を確認します。もしできなかったら、その部分だけをスタッフがお手伝いする。そして、何かを『したくない』という意思を示したら、その意思を尊重してケアを行わない。介護のことを知らない私でも、ケアをやめるという選択肢があることに驚きました」

車椅子の高齢者が1歩、2歩

 ユマニチュードの施設を見学してこの技法に関心はもったものの、それきりになっていた大島教授のもとに2017年の冬、再び本田先生から誘いの声がかかる。「フランスのユマニチュード導入施設を見学に行かないか」というものだった。2018年春からの1年間、サバティカル(※2)を取ることにしていた大島教授は、本田先生や日本のユマニチュード認定インストラクターに同行し、フランスで3つの介護施設を見学した。

※2 使途に制限がない、職務を離れての長期休暇。長期間勤務者の専門的知識の向上によるスキルアップやキャリアップが可能。

フランス公営介護施設の外観

最初に見学したのは、アルザス地方にある長期療養型の公営施設。入居者は96人、月額利用費は日本円換算で約22万円(いずれも当時)で、フランスでは平均的な水準。「建物には大きな窓と広いテラスがあり、屋内には観葉植物が置かれ、インテリアはカラフルで、明るく開放的な印象でした」(写真/大島寿美子『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』より)

 忘れられないワンシーンがある。このツアーには、ユマニチュード考案者のイヴ・ジネスト氏が同行していた。アルザスの施設で以前にもケアをしたことがある認知症の男性に再会したジネスト氏は、車椅子に座る彼の前に膝をつき、顔を近づけて「少しだけ立ってみませんか?」と頼んだのだ。ジネスト氏ともう1人の介護スタッフが介助したが、その男性は何とか立ち上がれたものの1歩も歩けず、車椅子にのって食堂へ。

 朝食の後、ジネスト氏は再び彼を見つけ、歩み寄って話しかけました。

「もう一度、あなたと歩いてみたい。少しだけ、私と一緒にやってみてもらえませんか?」

 ジネスト氏とスタッフが両側から支え、男性はゆっくりと立ち上がり、1歩、2歩。10歩ほど歩くことができた。

「ケアをする側が心からお願いしたことで、ケアをされる側が一生懸命応えようとしたんです。ユマニチュードは決して魔法ではありませんが、その光景はまるで奇跡のようで心が震えました」

ユマニチュードで高齢者と初めての会話

 帰国した大島教授は本田先生に勧められ、ユマニチュード認定インストラクター研修を受けることに。研修は10週間。講義、実技、実習に分けられる。参加者の多くがケアの現場で長年働いてきた専門職の中、まったくケアの経験のなかった大島教授は、徹底的にユマニチュードについて学んだ。

 高齢者施設で実習を行ったときのこと。大島教授は2回目の実習で2人1組となり、川田さん(仮名)という女性を担当した。

 川田さんは認知症で、普段は頬杖をついて目を閉じたり、テーブルの上に両手を重ねて額を乗せたりと、終日ぼんやりと過ごしている。そんな川田さんのそばに、大島教授とパートナーはノックをして歩み寄った。

「ノックの音に川田さんはハッと反応したんです。『こんにちは』と目を合わせ、『川田さんに会いにきました』と挨拶したら、目を開いてこちらを見返してくれました。ただ単に私の言葉が通じたんじゃなくて、“通じ合う”ものがあったんです。それにすごく感動して、『一緒に歩きませんか』とお誘いしたら、『そうしましょう』って、もう普通の会話です」

 川田さんと一緒に窓からの風景を楽しんだ後、大島教授たちは少しずつ歩行訓練や入浴介助を行った。お風呂上がりに涼んでいた川田さんは「お湯に浸かりたいの」と一言。川田さんは肺炎で入院している間に歩けなくなってしまった。その施設のお風呂には段差があり、歩けないと湯船には入れない。そのため川田さんは、椅子に座ってのシャワー浴を余儀なくされていたのだった。

「『歩くのが好きなのに、なんで歩けなくなっちゃったんだろうね』という言葉を聞いて、涙が出そうになりました。それで、最後のミーティングで、川田さんはお風呂に入ることを目標にケアできませんか、と提案したんです。お風呂に入れるようになるまで身体機能を回復させるのは難しいかもしれない。でも、施設の方も頷いて話を聞いてくれました。川田さんの変化を喜んでくれたんです」

ケアする人の満足度が向上

 ユマニチュードを使うと、ケアされる人だけでなく、ケアする人のやりがいや満足度も飛躍的に充実すると、大島教授は言う。

「ケアする人はやはり、ケアの仕事が好きで、相手によくなってほしい、気持ちよくして差し上げたいと思って仕事をしていますよね。なのにケアを拒否されたり、暴言を浴びたりすると、だんだん気持ちがくじけてしまうケースが多いと知りました。でも、ユマニチュードを使うと、お互いの思いが伝わって穏やかな関係が築けます」

 フランスで見学した3つの施設では、大声を出す高齢者は皆無。どこも明るく、生き生きとした空気が流れていた。公営の施設では離職率が低く、スタッフの中には休日に家族を連れて施設に遊びにくる人も多いという。また、民営の高齢者施設でもスタッフの満足度が非常に高い。

 スタッフが入居者をよく観察し、入居者が気持ちよく過ごせるようケアについて日々考えている様子も印象深かったと、大島教授は語る。例えば、朝一番の引き継ぎで夜勤のスタッフが「○○さんは徘徊があった」と報告。するとそれぞれがアイディアを出し合い、その入居者のための改善法を考える…といった具合だ。

 ちなみにユマニチュードでは、本人の安眠を妨げないために、就寝中のオムツ交換はしないのが原則。しかし場合によってはオムツから排泄物がもれてしまうことがある。その対策を講じるときはジネスト氏も参加し、「ベッドの傾きを変えてみては」「シートを布団に敷いたらどうだろう」などと熱心に話し合っていた。

「公営の施設で働いている人の中には移民の方もいましたし、けっして経済的に裕福な人ばかりではない。でも、母国語が違う人もキャリアの浅い人もユマニチュードの技法を身に付けることで、とても幸せそうに働いています。『いいケアを提供したい!』という前向きな気持ちが伝わってきて、感動しました」

 高齢者や障がい者へのケアでは一般的に、「ケアされる人」を中心に据える。そのため必然的に、ケアされる人の生活や体調などを改善、あるいは維持するためにどんなケアをするかを、「ケアする人」が考え、ケアを提供するという構図となってしまう。それに対してユマニチュードでは、「ケアする人とされる人の“関係性”」が中心になると、大島教授は言う。

「ユマニチュードを使ってケアするとき、私たちはその人について考える前にまず『ケアされる人との間にどんな関係を築くか』を意識します。そのうえでケアを通して、その方の存在を認め、尊重していますというメッセージを伝えます。ケアされる人はそのメッセージを受け取って、目を合わせる、言葉を発するなどの反応を返してくれる。ケアを通してよい関係性を築くこと。これがユマニチュードの本質ではないでしょうか」

 大島教授がユマニチュードと初めて出会ったときに浮かんだ「今、ここ」というイメージ。それはケアをする人、ケアされる人が「今、ここで出会い、関係性を結んだ」ことを象徴するものだったのかもしれない。

笑顔でパンケーキを焼くフランス・アルザスの公営施設のスタッフとイヴ・ジネスト氏

フランス・アルザスの公営施設のスタッフ。右はユマニチュードの考案者であるイヴ・ジネスト氏(写真/大島寿美子『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード』より)

大島寿美子(おおしま・すみこ)

 北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授。千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph. D.)。共同通信記者、マサチューセッツ工科大学Knight Science Journalism Fellowship フェロー、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年から大学教員。2018年ユマニチュード認定インストラクター資格を取得。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。最新著書は「『絆』を築くケア技法 ユマニチュード」(誠文堂新光社)。

※大島教授が理事を務める一般社団法人日本ユマニチュード学会では、より良いケアの最新情報に触れ相互交流を図る会員を募集中。専門職から家族介護に取り組む一般市民まで、幅広く参加できる。https://jhuma.org/ 

【お知らせ】
日本ユマニチュード学会代表理事の本田美和子先生がコーネル大学在日関係者主のオープンイベント「コーネル・ニューアカデミー」のチャリティー公開講座に登壇します。どなたでも参加できます。詳しくは日本ユマニチュード学会HP(jhuma.org/20200130-2/)をご参照ください。

撮影/政川慎治 取材・文/市原淳子

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