2020.01.30   

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第26回 希望月収は30万円!?】

 若年性認知症を患う兄と2人暮らしをするライターのツガエマナミコさんが、日常のさまざまな出来事や巻き起こるハプニングを綴る連載エッセイ。

 認知症発症後も働き続けた兄だったが、とうとう退職。失業保険の受給手続きをするために、ハローワークへ。妹のツガエさんも付き添ったのだが…。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。 

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問答無用の認定日

 めでたくハローワークデビューとなり、窓口に座ると、年配の担当者は書類を見ながら、身分証明書やマイナンバーの確認をし、付き添いであるわたくしの続柄を確認。「奥様ですか?」「妹です」という下りを経て、ゆっくりとした口調で病気の症状や職歴、これまでの仕事内容などを聞き始めました。

 PCを操作して障がい者雇用にどんな求人があるのか、そのリストの一部をプリントアウトしてくれました。見ると「59歳以下」というのが多く、「やっぱりね」と心の声がつぶやきました。それが聞こえたかのように「これはほんの参考で、ほかにもありますから」とすかさず年配のフォローが入り、「いい人だな」と思いました。兄はもう61歳。それだけだって再就職は厳しいのです。

 多少なごんだ空気が流れた中、求職の申し込み書類の作成となりました。本人に働く気がなかったとしても職を求めていることにしないと給付金は下りません。

 希望勤務地は? 希望職種は? 週に何日働けるか? 1日何時間働けるか? 再就職の優先順位は?といった詳細を記入していきました。ほぼわたくしと年配担当者が「これくらいですかね」といいながら検討し、当事者である兄がときどき書類を覗き込んで「ああ、そのくらいですね」とあたかも理解したかのような相槌を打つというリズムで進んでいきました。

 その適当さは笑ってしまうくらいで、極め付けに「一応希望ですからね」と希望月収を30万円にするありさま。「ほんとに再就職する気あんのか?」という強気ですが、しばらくは失業保険目当てて待機するつもりだったので、そのくらい無謀な条件も必要だろうと思ったわけです。

 あとから、そんな小細工をしなくても兄向きな求人などないとわかってくるのですが、そのときは「失業保険をもらわねば!」という強欲でわたくしは満ち満ちておりました。

 その後、失業認定され、別の窓口に書類を提出し、ちょっとした面談があった末に「受給資格者のしおり」という50~60ページの冊子を渡されました。「〇月〇日に説明会がありますから、これら一式を持って、〇時にこの地図の場所に来てください」とのこと。

 失業保険の説明会? そんなものがあるとは人生56年で初耳でした。それはおよそ2週間後の日付で問答無用の決定事項でございます。たまたま仕事がない日だったので良かったですが、わたくしの仕事が入っていたらと思うとゾッとします。結局、いつ、いくらいただけるのかわからないままその日は終了。ハローワーク滞在時間は90分ぐらいだったと思います。

 ただ、このハローワークデビューの曜日(失業認定された日)が基準となり、きっちり4週間ごとの同じ曜日に窓口に行くことも問答無用の決定事項と知りました。いわゆる「認定日」という奴です。これをサボると失業保険は給付されないという厳しい掟。よほどのことがない限り変更も不可能なようです。

 こんなことはハローワーク経験者なら常識なのでしょうが、初心者且つ付き添いにとっては大問題。最初にハローワークに行く曜日は、その後受給期間が終了するまでずっと付きまとう曜日であることをご承知おきくださいませ。

 そして兄は今日も家にいます。一日中スエットの上下を着て、テレビの前でゴロゴロしています。朝は自分でヒゲを剃り、毎日コーヒーメーカーでコーヒーを淹れてくれます。病院やハローワークに行く日は、自分で着替えて一応外向きのコーディネートもできます。

 なのに、なのに、今日の日付がわかりません。「令和」が何かも知りません。買い物の荷物を持たせれば「重い」といい、「新聞取って来てくれない?」といえば「外に出たくない」とおっしゃる。ポカポカ日差しの朝でも「寒い」を連発し、すぐにエアコンのスイッチを入れる兄。電子レンジの「あたため」もできないのに、そんなスイッチだけは忘れない、じつに都合のいい脳味噌にわたくしは今日もイラついております。

つづく…(次回は1月30日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある
第4回 疑惑から確信へ
第5回 今日は会社休み?
第6回 今年は何年ですか?
第7回 アパート借りっぱなし事件
第8回 アパートはゴミ屋敷
第9話 全部処分していい
第10回 で、どうすりゃいいの?
第11回「奥さん」じゃないんですけど…
第12回 たびたび起こる出社拒否
第13回 退職金が出ない!?
第14回 兄の焼肉病
第15回 社長様のお説教
第16回 住所が書けない
第17回 マンション買い換え
第18回 引越しは大格闘スペクタクル
第19回 兄、新居を覚える
第20回 認知症は世間話が上手?
第21回 兄、会社を休職
第22回 さようなら障害年金
第23回 はじめての「家族の会」
第24回 犬を飼う
第25回 はじめてのハローワーク

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