2018.01.30 |暮らし    1

シニア特急~初老の歴史家、ウェールズを往く~<最終回>【連載 エッセイ】

 長年、イギリス史を研究してきた、歴史家でエッセイストの桜井俊彰氏は、60代半ばにして、自身にとって「行かなければいけない場所」であったウェールズへの旅に出かけます。

 桜井さんのウェールズ旅の軌跡を、歴史の解説とともに綴った、新しいカタチの「歴史エッセイ」で若いときには気づかない発見や感動を…。

 シニア世代だからこそ得られる喜びと教養を堪能してください。

 さあ、『シニア特急』の旅をご一緒しましょう!

【前回までのあらすじ】

 ウェールズの大聖堂「セント・デイヴィッズ」にゆかりの深い『ジェラルド・オブ・ウェールズ』の本を日本人向けに出版した桜井氏は、「セント・デイヴィッズ」を訪れ、その著作を寄贈することを夢見ていた。

 飛行機、列車、バスを乗り継ぎ、無事に目的地である大聖堂「セント・デイヴィッズ」のある街、セント・デイヴィッズに到着。

 神聖なる大聖堂では、ジェラルド・オブ・ウェールズの石棺に出合い、ジェラルドについて記した自著を大聖堂「セント・デイヴィッズ」へ献上。ついに念願を果たすのだった。

 翌日は、ペンブロークへ。ペンブローク城内巡りを堪能し、宿泊は絵本のようなホテル「Old Kings Arms Hotel」。

 ペンブロークからは、来た道を遡り、再び最初に宿泊した街カーディフへ。「カーディフシティホール」では、新著の資料用に、ウェールズ史の英雄11体の像を撮影し、その足でカーディフ城へ。見学後、偶然見つけたパブで、最高の黒ビールと料理にも出合い大満足。料理研究家の妻のへの土産としてリーキのバッジも購入でき、ウェールズでの最後の夜を過ごし、いよいよ日本への帰路につく。

→前回(41回)の記事を読む

大聖堂「セント・デイヴィッズ」。今回の旅は、この大聖堂に自著を献上することが一番の目的だった

 * * *

XI 美女と共に去りぬ(2)

(2017/4/14 カーディフ→アムステルダム→成田)

●ウェールズ、ありがとう!

 少しぼうっとしかけ、はっと我に帰ったらKLMのカウンターにはスタッフがすでにいて、受付が始まろうとしている。ゆっくりとカウンターへ歩いて行き、スーツケースを預け、預かり証のクレーミング・タグをもらうと空港2階へ上がる。そこでパスポート見せ、セキュリティチェックを済ますと、レストランや免税ショップもある広めの出国ロビーで、KL1060便の搭乗ゲートがディスプレイに表示されるまで、また座って待つことになった。

 私は腕時計を見て時刻を確認し、それに8時間足す。日本は夕方の4時半だ。カミさんは買い物かな。ナナと散歩中かな。あいつ、ちゃんとカミさんのいうこと聞いて歩いているかな。

 私は、「いまカーディフ空港で搭乗案内を待っている。もうすぐ帰る」とメッセンジャー(Facebookの通信手段)で送る。すぐにカミさんから「はーい、予定通りだね」と返事が来た。ナナはやっぱり歩かなかったので早々に抱いて帰ってきたそうな。よしよし、ナナ、もうちょっとだ。明日の夕方はお父さんが外に連れて行ってあげるから。

 KL1060便の搭乗ゲートがディスプレイに出た。同時にアナウンスも流れた。出国ロビーに座っている人の幾人か立ち上がり搭乗ゲートに向かう。私もその中の1人である。

 エスカレーターで階下に下り、通路を歩いて搭乗ゲートのボーディング直前待合室まで来る。ここに来て気がついた。結構このスキポール行きの便に乗る人は多いのだなと。でもぐるっと見渡した限り、東洋人は私しかいない。

 そのかわり、待合室の人々の視線を集めたものすごく目立つ一団がいた。若い女性たち5人と、1人の30代くらいのやや若い男と、中年の女性が1人。

 この合計7人がどういう集団なのか、見た瞬間にわかった。モデルの女性たちとそのマネージャーのグループである。なぜなら若い5人の女性たちはみなとびぬけて背が高く、細く、しかもとびきりの美人ぞろいだったからだ。

 私はかつて広告代理店でコピーライターをしていたので、こういう人たちはすぐわかる。あたり前だがモデルの女性はきれいである。美しさにかけては女優をはるかに凌駕する人も多い。けれども女優のような個性がない。いやモデルに個性があってはいけない。だから女優はすごいのである。

 5人の彼女たちはおきゃんだった。きゃあきゃあと、狭い直前待合室で皆立ったまま嬉しそうにはしゃいでいる。おまけに彼女たちはみなイタリア語なので、よけいに陽気に聞こえる。よっぽど、CMかグラフィックの撮影だか、あるいは何かのイベントがらみの仕事が楽しく、うまくいったのだろう。

 1人は、たぶん撮影の記念にでももらったのか、花嫁のレースのベールを自分流にアレンジして頭に飾っている。それがとても似合っている。

 まあ、うるさいことはうるさいが、可愛いからいいか、という具合でおじさんの、もといシニアの私は、なんとなく嬉しそうに彼女たちを眺めている。そう、考えてみればこれはラッキーである。今まさにウェールズを離れようとしている時に、こんな陽気な美女たちと一緒の飛行に乗れるのだから。私のウェールズの旅は、どうやら最後までつきっぱなしのようだ。

 ボーディングが始まった。飛行機は沖止めなので滑走路を歩いて皆ぞろぞろと向かっている。私の少し前を美女5人組が賑やかに歩いている。いきなり彼女らがタラップの直前で止まった。そして飛行機をバックにして、マネージャーに記念写真を撮ってもらっている。嬉しそうな表情で、思い思いのポーズで。こういうパフォーマンスはモデルだから上手いものだ。さすがだな、と私は思ったが、撮り終わるまで彼女たちの後ろで待たされた恰好の乗客たちは文句こそ言わないものの、一様にやれやれという風情である。

 私は席につきシートベルトを締める。飛行機は滑走路を滑り出す。ぐんぐんとスピードを増し、KL1060便は離陸した。

 窓の外を見る。カーディフから、ウェールズの大地からどんどん離れ飛行機は空に上がっていく。2列前に座っているモデル軍団からカン高い笑い声があがった。美女と共に去りぬ、か。

 ウェールズ、ありがとう。また来る。きっと!

※本連載は、今回が最終回です。

→このシリーズのバックナンバーを読む

桜井俊彰

桜井俊彰(さくらいとしあき)

1952年生まれ。東京都出身。歴史家、エッセイスト。1975年、國學院大學文学部史学科卒業。広告会社でコピーライターとして雑誌、新聞、CM等の広告制作に長く携わり、その後フリーとして独立。不惑を間近に、英国史の勉学を深めたいという気持ちを抑えがたく、猛烈に英語の勉強を開始。家族を連れて、長州の伊藤博文や井上馨、また夏目漱石らが留学した日本の近代と所縁の深い英国ロンドン大学ユニバシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の史学科大学院中世学専攻修士課程(M.A.in Medieval Studies)に入学。1997年、同課程を修了。新著は『物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 』(集英社新書)。他の主なる著書に『消えたイングランド王国 』『イングランド王国と闘った男―ジェラルド・オブ・ウェールズの時代 』『イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 』『英語は40歳を過ぎてから―インターネット時代対応』『僕のロンドン―家族みんなで英国留学 奮闘篇』などがある。著者のプロフィール写真の撮影は、著者夫人で料理研究家の桜井昌代さん。

 

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  1. ティーティー より:

    とうとう最終回ですね。
    ウェールズの歴史を学びながら、作者と一緒に旅をしたらような気持ちでいつも読ませてもらってました。いつか、ウェールズに旅行に行きたくなりました。

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