2020.04.02   

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第35回 ここがすごいぞ兄の才能】

 ライターのツガエマナミコさんが、若年性認知症を患う兄との2人暮らしを綴る連載エッセイ。

 一緒に家にいる時間の長い兄妹だが、兄には、特筆すべき才能があると妹のツガエさんは語る。さて、その才能とは?

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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 * * *

ほとんど動かないのに体形が変わらない兄

 日々ムカついては、“今日もいい仕事してるぜ”と自分に言い聞かすわたくしでございますが、いちばんムカつくのは、なぜか兄が太らないことでございます。

 兄はテレビを見ているだけで、力仕事もしない、散歩もしない、指先すら動かさず家でじっとしているのに体形に変化がないのです。

 炊事、洗濯、掃除、仕事、買い物まで一手に引き受けているわたくしが徐々に丸くなるのはこれ如何に!これでも少しはカロリーを気にしているのに本当に腹立たしいことでございます。食事量はほぼ一緒か、兄の方がむしろ甘い物を欲しがりますから、今ごろモチモチ三段腹になっていてもおかしくないのでございますが、わたくしの方がどんどん段腹を帯びていく…。

 どうにも納得がいかず、兄が太らない要因を考えてみました。

 兄とわたくしの決定的な違いは何か?思い当たることが一つありました。食事のスピードでございます。兄は朝食ですら1時間かけますし、夕食ともなれば2時間はデフォルト(標準装備)。途中居眠りなども含めてかなりのおじいちゃんペースでございます。

 それに引きかえわたくしは10~20分でだいたい食べ終わり、しばしお茶を飲みながら、居眠る兄がお箸やお茶碗を落とさぬように監視しております。それに飽きるとお風呂に入るのですが、出てきてもなお兄の食事が終わっていないことがあり呆れます。

 ゆえに兄が太らないのはこのゆとりある食事スピードであり、わたくしが丸くなるのは早喰いのせいだと結論付けました。

 ひと口30回噛むのが理想的だと言う話は昔から聞きます。わたくしも実行しようとチャレンジするのですが、どうしても志半ばで飲み込んでしまいます。兄を見て“ここまでゆっくり食べられるのは才能かもしれない”と思うようになりました。

 一説には奥歯がボロボロなんじゃないか疑惑も浮上しておりまして、「奥歯ある?」と訊いたことがあります。兄は「うん」と言い、「虫歯になってない?」と訊くと小首をかしげておとぼけ顔をいたします。一度歯科医院にも連れて行かねばいけないとは思っております。

 もうひとつ、兄の才能と思えることは「優しさ」です。

 仕事するわたくしに気を使ってテレビのボリュームは極小ですし、掃除機をかける度に「ちょっと掃除機かけるよ」とひと声かけてくれます。それにカップラーメンの食事でも文句を言わず、インスタント味噌汁だって「まいう~」と言って飲んでくれます。わたくしが出掛けると必ずスリッパの向きを変えて揃えてくれますし、「鍵はかけるからいいよ~」と送り出してくれます。

 なにより、兄の生きる世界のすべてがわずか2LDKの檻の中でも何ひとつ文句を言わず、おとなしくテレビを観ていてくれることは素晴らしい才能です。

 わたくしが同じ立場なら、ストレスでどこかに八つ当たりしそうですが、兄は何かを蹴とばしたり、ゴミ箱にゴミを投げつけたり、物を乱暴に扱うことを一切しません。食器を洗ってくれるときもそ~っとで、わたくしのようにわざとガチャガチャ音をさせたりもいたしません。

 そう、彼の「穏やかさ」は本物なのです。

 それゆえに、自分のガサツさや器の小ささが浮き彫りになってしまい、余計にイラつくという悪循環を作り出しているのだと思います。

 認知症が進行すると自制心が乏しくなり、暴言や暴力が症状として現れると言われていますが、兄はそうならないような気がします。むしろわたくしの自制心が心配。

 兄上~、妹がイラついていてもどうか許してくだいませ~。

つづく…(次回は4月9日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

●若年性認知症の診断・発見が遅れるのはなぜ?

●若年性認知症とは?当事者が明かす絶望が笑顔に変わるまで

●人工肛門・人工膀胱でも温泉大浴場で寛げるオスメイト向けツアーに同行

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