2020.05.28   

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第43回 兄、社長様にご挨拶」

 若年性認知症を患う兄と2人暮らしのツガエマナミコさんは、兄の生活のさまざまなサポートを行っている。確定申告の手続きも、兄の分も担ったツガエさん。昨年は、マンションの買い替え、兄の退職など生活にも大きな変化があったのだが、無事に還付金を受取ることができひと安心。そして、今回は、ずっと懸案だった、兄が長年勤めた会社の社長へ挨拶に行くこと…。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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社長、兄、妹…三方ウインウインウイン

 確定申告の翌日、とうとう兄と連れ立って社長さまに退職のご挨拶をしに行ってまいりました。本来なら昨年末に済ませなければいけなかったことでございます。

 兄には前々から日程を話しても忘れてしまうので、当日の朝「今日はお昼食べたら社長さまにご挨拶に行きます。会社やめて時間経っちゃったけど一応けじめだから、一緒に行くよ」と話しました。

 一瞬嫌な空気になるかと思ったのですが、のんびりと朝食を食べ終わると兄は「会社、行けるかな?」と言いながらやおら自室へ行って着替え始めたのです。そして10時ぐらいには出かける格好をして洗面所とトイレを行ったり来たりしています。「ん?妙にやる気あるな」と思っていると、部屋から「保険証持ってる?」という声が飛んできました。「持ってるよ」と返事はしましたが、しばらくすると「どこだっけ病院。病院でしょう?」と聞くので、やれやれと思いながら「今日は病院じゃなくて会社。社長さまにご挨拶だから」と再度説明してわたくしはパソコンに向かいお仕事を始めました。

 それと同時に早くも準備万端調えてリビングに出てきた兄は まるで“わたくし待ち”のドヤ顔で待機しているので、見かねて「出かけるのはお昼食べてからだよ」と念を押しました。兄がいかにも“そんなのわかってる風”にテレビをつけたことは言うまでもありません。

 通勤をしなくなって半年以上が経ってしまったので、会社の最寄り駅も、通勤ルートも忘れていましたが、待ち合わせの場所で遠くから歩いていらっしゃる社長さまをいち早く見つけたのは兄でした。社長さまの顔を忘れていなかったことと、大勢の中で顔の識別ができていることにわたくしはいたく感動でした。

 社長さまは「いや~、なんだ、前より表情が明るいし、元気そうでよかった」と兄の背中をポンポンとたたいて駅前の喫茶店へ入りました。会社へ行くものと思い込んでいたわたくしは、少し残念でした。兄が同僚や先輩のみなさまに会える最後のチャンスだと思ったからです。兄はきっとこの日のことをすぐに忘れてしまうし、会えても会えなくても同じかもしれませんが、少しでもみなさんの顔を覚えているうちにご挨拶させてあげたかった。でも、それはわたくしの自己満足。その場で「会社に行ってもいいですか?」と切り出すほど兄思いの妹ではなかったことも事実でございます。

 兄は30年以上、社長さまの下で働かせていただきました。バブル時代には社員旅行でハワイを楽しむほど景気のよい時期もあったのです。しかし、小売業界は冷え込み、会社は縮小を繰り返しておりました。兄が退職した後も経営は楽にならず、現状は店舗をたたむことも視野に入れているとのことでした。

 なんのことはない、わたくしたちは1時間社長さまの愚痴を聞きに行ったようなものでございます。兄はいつものように微笑みを絶やさずに、ときどきわかったような相槌を打ちながらコーヒーを飲んでいました。一方でわたくしは長らく放置していた義理を果たせたことに安堵しておりました。社長さまは社長さまで止まらない愚痴を吐き出してストレス発散しておりまして、これはまさしく三方ウインウインウインの関係です。

 そして、なによりわたくし的なその日のハイライトは、行きがけに手土産を買う際、兄が「出すよ」と自腹を切ってくれたことでございます。兄の社長さまへの手土産ですから当たり前ですが、どんなときでもわたくしが支払うことが常態化しておりましたので、それは久しぶりの“兄”らしい行動でした。

 そんな意味も含め、社長さまには改めて感謝でございます。認知症とわかってから4年も雇い続けてくださったのは奇蹟です。社員の前では愚痴れない分、わたくしたちに愚痴ったのだとしたら、兄もちょっとは社長さまにご恩返しできたのかもしれません。

つづく…。(次回は6月4日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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