2018.03.09 |暮らし    2

85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第15回 不倫スキャンダル】

型にとらわれない生き方を貫いてきた

 政治家や著名人、芸能人を貶(おとし)めるなら、もっと別な方法がいっぱいあるだろう。スキャンダル如きに現(うつつ)を抜かしているから、森友・加計問題も解決しない。日本でなかったら、とっくに安倍さんの首は飛んでいる。

 一夫一婦制にあっては、確かに不倫は禁じられている。だが、制度に縛られて一生を送ることで、あらゆる自由を奪われるのは不本意でもある。「人生はたった一度の招待」という言葉もある。いろいろな生き方があって当然ではないかと私は思う。

「老いてますます盛ん」という言葉があるが、何がどう盛んなのかとなると、良風美俗は突然口を閉じてしまう。

 瀬戸内寂聴さんは特別な方だという見方もあるだろう。それでも、言うべきことははっきり言う。やはり類い稀なる文学者(アーティスト)だ。

「老齢化社会」という言葉は、老人を邪魔者扱いする気配が漂う

 世の中が求めるジジ・ババ像は、静かな余生を孫たちに囲まれてニコニコ生きると決めているような風潮がある。

 平穏不事が何よりと言うのなら、老人たちが楽しく平和に生きると社会を作ってから言ったらいいのだ。老齢化社会という言葉のどこかに、老人を邪魔者扱いしている気配が漂っている。これは僻(ひが)みや嫉(ねた)みから言っているのではない。

 柵(しがらみ)のない環境を老人の為に作る社会がないことに抗議しているのである。

 老人の知恵や経験を生かす社会を作ることに国はもっと配慮するべきだと思う。

 寂聴さんの「不倫のすすめ」は、一種の警告と受け取るべきだろう。一般視聴者から料金を取っているのなら、国や公共より以前に知る権利や報道の自由を眞っ先に考えてこそ天下のNHKなのだ。その点では聴取者のニーズにまったく答えていない。

 もちろん、どの職場にも、若くて有能な人材は沢山いる。その人たちを生かすことによって、いかなる企業も社会に奉仕できると、期待するしかない。

 われら昭和の生き残り、黙って死ぬわけにはいかない。その先頭に「不倫」の瀬戸内寂聴さんが居る。実に心強い。

→このシリーズの次の記事を読む
85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第16回 明治維新と向き合う】

【このシリーズの記事を読む】

第1回 そもそものはじまり
第2回 老いはするが老人にはならぬ
第3回 自由って何だろう
第4回 おいしい生活
第5回 通院の帰り道
第6回 好色のすすめ
第7回 夢の続き
第8回 耽るということ
第9回 テレビの功罪
第10回 遊び
第11回 ギャンブル好き
第12回 便利は復讐する
第13回 老作家が描くエロスの凄み
第14回 スマホって何だろう
第15回 不倫スキャンダル
第16回 明治維新と向き合う
第17回 無駄遣い
第18回 ラブレター
第19回 老いらくの恋
第20回 料理人(シェフ)はアーチスト
第21回 エロティシズム礼賛

FullSizeRender

矢崎泰久(やざきやすひさ)

1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

【関連記事】

●永六輔さんの「魔法の言葉」 ”本当の姿”追った孫が解説

●黒柳徹子実践の健康法「ご飯3膳半」、糖質摂りすぎ大丈夫?

●声がかすれる、相手の声が聞き取りづらい…声と耳を鍛えるトレーニングで若返り

コメントが付けられるようになりました▼

この記事が役に立ったらシェアしよう

  •  2

▶コメント

※編集部で不適切と判断されたコメントは削除いたします。
※寄せられたコメントは、当サイト内の記事中で掲載する可能性がございます。予めご了承ください。

  1. 勘違い より:

    昔の男性の価値観でしょうね。同じものでバブルは良かった、ですかね。
    瀬戸内さんも昔の人ですから、バブルは良かったということです。

    4+

  2. イチロウ より:

    う~ん。 年輪とともに人としての成熟は訪れず、と言うことか。 

    私が愛したのは、人では無く猫なので、年齢を重ねた今では、異性等には何の興味も持ち合わせてはいない。 

    猫、それも二十年を共に過ごした猫。 互いに愛を持って過ごした時間は、人間の異性等よりも尊い、と信じて供養する今。

    獣性等と軽蔑する肉欲は、猫との間には無いので、余計に愛は強まるのかも知れず、別れて二年の今も泣く日々。 

    人の男女の愛等は、私にとっては霞のよう。

    1+