2020.07.28   

高木ブーが述懐「僕のとっておきの夏の思い出」【連載 第22回】

「夏はいちばん好きな季節。ウクレレの音色もよく似合う」と、高木ブーさんは言う。今年はコロナ禍で外出もままならない状況だが、去年までこの時期は各地のフェスやイベントで演奏と歌声を披露していた。時に家族も同行して、お祭りなど観光を楽しむこともあるとか。いつもとは違う夏を過ごす高木ブーさんに、夏の思い出を聞いた。(聞き手・石原壮一郎)

アロハシャツを着てインタビューに答える高木ブーさん

「夏が大好き」と語る高木ブーさん。ハワイ、ウクレレ、アロハは高木さんの人生にかかせない(撮影/菅井淳子)

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来年の夏はまたウクレレを持って飛び回りたいな

 夏はいいよね。いちばん好きな季節だな。ウクレレの音色やハワイアンのメロディは、やっぱり夏が似合うしね。僕は体形的に暑さが苦手に見えるかもしれないけど、暑いのはわりと平気。むしろ寒いのが苦手だな。冬のあいだはテンションが下がっちゃう。

 今年の夏も、フェスやイベントでいろんなところに行くはずだったんだけど、新型コロナのせいで全部中止になっちゃった。秋には少しずつできるようになるのかな。なってほしいよね。YouTubeを通してたくさんの人に演奏や歌を聴いてもらえるのも嬉しいけど、やっぱりステージでやりたい。来年の夏はまた全国を飛び回りたいな。

YouTubeでは、ドリフのメンバーが全員マスク姿の絵を自ら描き披露。「手洗い、消毒、うがいをしてね」と呼び掛けている。YouTube「【Aloha】高木ブー家を覗いてみよう Part7」(イザワオフィス公式チャンネルhttps://www.youtube.com/watch?v=iYhTCFWKbecより)

『8時だョ!全員集合』をやってた頃は、子どもたちが夏休みの時期は全国の公民館や小学校の体育館を回ってた。ザ・ドリフターズが登場すると、みんながいっせいに「カトちゃーん」「シムラー」って叫んで、すごい熱気だったよ。「ブー」って声が聞こえると、そっちに向かって手を振ったりしてね。

 会場に集まってくれてた小学生も、今では50代ぐらいなのかな。ほとんどの会場は冷房なんてなかったけど、暑い中で汗だくになってドリフを見たことが、いい思い出になっていてほしいよね。僕たちメンバーは、当時はあまりにも忙し過ぎて、どこに行ったかとか何をしたかとか、じつはよく覚えてないんだけど。

いつも「パパが好き」と言ってくれた娘のかおる

 そんな調子だったから、娘のかおるが社会人になる頃まで、夏を家族で過ごしたことはまったくなかった。寂しい思いをさせちゃったかもしれない。夏に限らず、お互いにほとんど寝顔しか見てなかったしね。だけどかおるは、子どもの頃、誰かに「パパとママ、どっちが好き?」って聞かれると、決まって「パパ」って言ってくれてた。いつもいっしょにいるママは叱ったりすることもあるけど、たまに会う僕はかわいがるだけだもんね。

 夏に家族で出かけた思い出は、孫のコタロウが生まれてからのほうが、たくさんあるかな。フェスやイベントに出演するときに、何日か前から行って観光を楽しんだりね。8月の仙台の七夕まつりのイベントに何度か呼んでもらってるんだけど、5年ぐらい前かな、家族4人で青森に前乗りしてねぶた祭を見に行ったことがあった。

 にぎやかなお囃子に乗って巨大なねぶたが次々にやってくるんだけど、すごい迫力だったね。「全員集合」のジャンボマックスもでかかったけど、それ以上だった。カメラが好きなコタロウは、ひたすらシャッターを押し続けてたな。あれは撮り甲斐あるよね。

 その何年か前の夏には、東日本大震災で被災した宮城県に家族で行った。クレー射撃の団体で集めた義援金を被災地の幼稚園とかに届けに行ったんだけど、あの旅も忘れられないな。港には津波で押し流された巨大な船が横たわってた。コタロウは7歳ぐらいだったけど、何かを感じたんだろうね。無言でたくさん写真を撮ってた。

 ライブもやって「いい湯だな」を歌ったら、みんな音に合わせて身体を揺らして、笑顔でいっしょに歌ってくれたんだよね。ものすごく嬉しかったし、感動的な光景だったな。仮設住宅も訪問させてもらったんだけど、被災したお年寄りが「ブーさん、これからも頑張ってくださいね」って逆に励ましてくれる。ライブのときの笑顔もだけど、人間ってなんて強くて大きくてあったかいんだろうって思ったな。

「じつは御朱印も集めています」

 似合わないって言われそうだけど、御朱印も集めてます。毎年9月は小豆島で行われる「島フェス」に行ってるんだけど、そのときもたいてい家族いっしょで、行く前や帰る途中に香川県のお寺を回ったりしてね。いろんなところでもらっているうちに、御朱印帳がもう3冊目になっちゃった。たまに開くと、行ったときのことを思い出せていいよね。

 家族でどこかに行くたびにちょっと思うのが、「ああ、ここにママがいたらなあ」ってこと。妻の喜代子は、26年前に50代の若さでいなくなっちゃった。僕に少し時間ができて、これからいろんなところに行こう、いろんなことをしようって思ってる矢先に、病気が見つかったんだよね。残念だし、悔しくて仕方ない。

 アルバムを整理してたら、旅先で親子3人で撮った写真が1枚だけ出てきた。何月か忘れたけど、ドリフで初めてハワイに行ったときのだと思う。娘が8歳で、僕もママも30代だね。娘は「ママも私も笑ってない」って文句言ってるけど、僕はとても好きな写真です。この写真があるおかげで、今もハワイに行くとママもいっしょにいる気がするもんね。

高木ブー妻の喜代子さん、娘のかおるさん、高木ブーが3人ハワイの海の前に並んでいる

ハワイの海岸で家族3人並んで撮った写真。高木家にたった1枚残っていた貴重なスリーショットだ(写真提供/高木ブー)

高木ブーの娘のかおるさんとドリフのメンバー

妻の喜代子さんが撮影した娘のかおるさん。かおるさんの後ろに写っているのはドリフのメンバーたちというお宝写真だ(写真提供/高木ブー)

 でも、どこに行くときも、家にいても、きっといっしょにいるんだと思う。志村(けん)がいなくなったときも、追悼番組で「志村は死んでない」って言ったけど、そういう意味で僕の中ではママも死んでない。あれ、なんかテレくさい話になっちゃった。困ったな。

「妻・娘・孫…僕の夏の思い出はいつも家族が一緒です」

 

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高木ブー(たかぎ・ぶー)

1933年東京生まれ。中央大学経済学部卒。いくつかのバンドを経て、1964年にザ・ドリフターズに加入。超人気テレビ番組『8時だョ!全員集合』などで、国民的な人気者となる。1990年代後半以降はウクレレ奏者として活躍し、日本にウクレレブーム、ハワイアンブームをもたらした。CD『美女とYABOO!~ハワイアンサウンドによる昭和歌謡名曲集~』『Life is Boo-tiful ~高木ブーベストコレクション』(http://www.110107.com/s/oto/discography/DQCL-566?ima=1025)など多数。著書に『第5の男 どこにでもいる僕』(朝日新聞社)など。YouTube「【WithBOO】雷様のウクレレ レッスン」(イザワオフィス公式チャンネル内)https://www.youtube.com/watch?v=bCpTNzPM8YMも大好評! 

取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)

1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」など著書多数。最新刊は「恥をかかない コミュマスター養成ドリル」。この連載ではブーさんの言葉を通じて、高齢者が幸せに暮らすためのヒントを探求している。

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