2020.10.07 |暮らし   

【体験談】20代介護士の僕が激しく後悔している知人の介護|出雲のお爺さんの話

 たんたんさん、こと深井竜次さんは、20代で介護士として働いた経験を、ブログや著書などで発表している。介護の仕事を通じて感じた介護への向き合い方をやさしい目線で綴るコラム。今回は、たんたんさんが激しく”後悔している”というある介護施設で働いていたときの話だ。

山の中でたたずむおじいさん

懐かしい出雲のお爺さんが…。写真はイメージ(写真/ GettyImages 撮影/iryouchin)

 介護士ブロガーのたんたん(深井竜次)と申します。僕は5年間介護施設で介護士として経験したことを元に「介護士さんの幸せな働き方の実現」を目標としてブログ(https://www.tantandaisuki.com/)を運営しています。

 これまで介護士として経験した珍しい出来事とそのことから学んだことを記事にしてきました。

→認知症と徘徊|墓参りに行きたがるお婆さんの実話

→初めての看取り体験|100歳のお婆さんとプリンの話

 今回は、僕が有料老人ホームで働いていたときに経験した、知人の介護について書いていきたいと思います。

 実際にこの記事を読んでくださっている介護士の方も近い将来、知人や親しい人、大切な人が自分の働く介護施設に入所してくることがあるかもしれません。

 その時に少しでも僕の経験が役に立てば嬉しく感じます。

出雲の山奥でミミズを探したお爺さんが…

 今回の話の“知人”とは、島根・出雲の山間部でよく遊んでもらった三瓶健二さん(仮名)。小学校時代に毎年のように泊まりに行っていた祖父母の家の近所に住んでいたお爺さんです。

 僕の祖父母は働きながら、持っている土地を生かして畑と田んぼを耕していました。

 今でも毎年田植えの時期と収穫の時期には、手伝いも兼ねて2泊3日で家族みんなで泊まりに行くことが恒例行事になっていました。その畑の目の前の家に住んでいたのが、今回の話の主役である三瓶さんです。

 僕と弟が毎回楽しみにしているのは、カブトムシ採りと魚釣り。魚釣りに行くときは、祖父母の畑に行って土を掘り生きているミミズを大量に集めて魚の餌にしていました。

 三瓶さんは僕と弟がミミズ取りをしていると、毎回顔を出して「どれワシも手伝おうか」と言って一緒に土を掘りおこしてくれました。

 時には家にお邪魔して、スイカをご馳走していただいたのを今でも覚えています。

 幼い頃の夏の記憶――僕の中で三瓶さんは幼い頃のいい思い出でした。

 中学生のときに祖父が脳出血で入院し、高校生のときに亡くなったこともあり、それからは夏休みに祖父母の家に泊まることもなくなり、三瓶さんともそれきりになってしまいました。

知り合いのお爺さんと介護施設で再会

 僕は21歳で介護士として働き始め、25歳で別の介護施設へ転職しました。

 ある時、施設のステーションの連絡帳に書いてあった新規利用者様の情報が目にとまりました。

 三瓶さんという見覚えのある名前が記してあったのです。

 その情報を見ると、祖父母が住む家の住所に近いことに気づきました。

 祖父母の家は出雲の山奥にあって数軒しか家がない小さな集落です。その集落の住民はたいてい祖父母の知り合いなのです。

 僕は気になって祖母に聞いてみたところ「三瓶さんはうちの畑の近くに住んでいる人だよ」と教えてくれました。

 新規利用者さまは、やはり幼い頃お世話になった、あの三瓶さんだったのです。

→老健、ケアハウス、サ高住どれが入りやすい?利点、欠点は?

大切な思い出の人が認知症で…

 三瓶さんは認知症を患い意識の疎通も取れない状態で入所してきたこともあり、僕のことはもちろん家族のことを覚えていない状態でした。

 三瓶さんは僕の知人であり、幼い頃の思い出の人でもあります。あの記憶の中の三瓶さんが介護施設に入ってきたのが僕にはとてもショックでした。

 小さい頃に可愛がってもらった昔の記憶の三瓶さんと、すっかり変わってしまった今の三瓶さんの姿が僕の中でうまく重ならず、仕事に集中できなくなったのです。

 同僚や先輩に指摘されたわけではないですが、明らかに仕事のパフォーマンスが低下していることが自分でもわかりました。

知り合いの介護で感じた苦しさ

 知り合いを介護するということは、こんなにも精神的な負担が大きいものなのか…。他の利用者様なら普通にできる食事介助も入浴介助も排泄介助も、知っている人というだけで、どこか遠慮する気持ちが生まれてしまいます。

 大切な人やお世話になった人だからこそ、その人の衰えた姿を見るのは苦しいもの。ましてやその人の身の周りのお世話をするのは気持ちの整理が難しいと感じました。

 幼い頃の思い出をいったん封印し、介護のプロとして三瓶さんにかかわらなければいけないと焦りました。

 やがて三瓶さんは、体調を崩して施設から別の病院へ移りました。僕はその後、退職をしたのですが、今年のお正月に祖母から三瓶さんが亡くなられたことを聞きました。

 今でも「最初からプロ意識を持って関われたらもっと良いケアができたのではないか?」と考えることもあります。

→親が失禁したときの対応はどうするか…|700人以上看取った看護師がアドバイス

身近な人、大切な人、知人の介護で学んだこと

 介護士は仕事として介護サービスを提供するプロです。利用者様からお金をもらってその対価として介護サービスの提供をするのが僕ら介護士の仕事です。

 いくら知り合いだからと言っても自分のできるケアは全力でしないといけません。

 僕が全力で仕事ができないことによって、三瓶さんだけではなくて他の入居している利用者や一緒に働いている同僚にも迷惑がかかるかもしれません。

 僕は公私混同をして仕事のパフォーマンスが下がったことを激しく後悔しました。

 どのようにして気持ちを切り替えたかというと…

 まず僕は周りの職員に自分の現在の心の状態について言語化して話してみました。

 誰かに話を聞いてもらえるだけで心が楽になり、言葉にすることで気持ちの整理ができてうまく切り替えができるようになりました。

 そして、公私混同をして心が乱れたとしても、ある程度こういった経験を重ねていくことで徐々に気持ちの切り替えや感情のコントロールができるようになっていくんだと思います。

 いつか周りの人や後輩で同じような壁にぶつかっていたら、次は自分が話を聞いてあげればいいと思います。

 こうして僕は1週間ほどで気持ちを切り替え、三瓶さんを一利用者として他の利用者と同じように関わることができるようになりました。

 悲しい気持ちもあったのですが、それは三瓶さんからしたら関係ないこと。

 三瓶さんやご家族が介護施設に対して求めるのは良いケアのはず。求められたものにプロの介護士として応えなくてはなりません。

 より良い仕事をして後で後悔しないためにも、目の前の仕事に全力で取り組む姿勢は崩してはいけないということを改めて感じた経験でした。

文/たんたん(深井竜次)さん

たんたん(深井竜次)さん
島根県在住。保育士から介護士へ転職し、介護士として働いた経験を持つ。主に夜勤を中心に介護施設で働きながら介護士の働き方について綴ったブログ『介護士働き方コム』(https://www.tantandaisuki.com/)を運営。著書『月収15万円だった現役介護士の僕が月収100万円になった幸せな働き方』(KADOKAWA)が話題に。

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