2020.10.13   

毒蝮三太夫インタビュー|「この歳になって親の人生から教わること」【連載 第28回】 

 自分の親のことは、知っているようで意外に知らない。どういう人間で、どういう人生を送って来たのか。こちらが年齢を重ねたからこそ、別の一面に気づいたり昔の言葉の意味がわかったりすることもある。最新刊『たぬきババアとゴリおやじ 俺とおやじとおふくろの昭和物語』が話題の毒蝮さんに、親のことを考える効能を聞いた。(聞き手・石原壮一郎)

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毒蝮三太夫

新著『たぬきババアとゴリおやじ 俺とおやじとおふくろの昭和物語』(学研プラス)を執筆するにあたり、少し風変わりだったご両親の思い出や自身の半生をあらためてじっくり振り返ったと語る毒蝮さん

親の人生という身近な「未知の世界」を探検しよう

 あれは俺が結婚する前だから、昭和35年ぐらいかな。おやじに言われたことがある。「馬鹿野郎、一升瓶に一升五合は詰まらねえ!」ってね。その頃俺は、まだ産声をあげたばっかりのテレビドラマの世界で、金庫破りをするチンピラの下っ端の役や主人公が所属する運動部の部員役をやったりしてた。ほとんどセリフなんてない役ばっかりだ。

 子役で舞台に出たのをきっかけに役者になって、高校時代には映画にけっこう出てそれなりのに役をもらってたし、大学時代は自分たちの劇団も旗揚げしてた。自分ではいっぱしの役者のつもりでいたのに、不本意な毎日だったんだよな。

 俺は愚痴は好きじゃないけど、一度だけ、おやじとおふくろと家でメシを食べながら「なかなかいい役が来ない」ってこぼしたことがある。おふくろは「そうかい」ってうなづいてたけど、横で聞いていたおやじが、いきなり一升瓶がどうのって言い出した。

 何のことかさっぱりわからないし、意味を尋ねても答えるようなおやじじゃない。その時は「当たり前じゃないか」と思ったんだけど、なぜかその言葉がずっと長く頭にこびりついてた。「ああ、そういうことだったのか」と意味がわかったのは、何年かたってからだ。

 おやじはきっと、無理に背伸びしようとするんじゃない、自分の身の丈で生きろってことが言いたかったんだと思う。無理に自分を大きく見せようとしたって、入り切らない分はこぼれてしまう。大きくなりたかったら、自分という一升瓶を大きくしろってことだよな。

「あのゴリおやじ、見かけによらずいいこと言うじゃねえか」って、もうあの世に行ってたおやじに感心したね。ゴリラに似てるからゴリおやじ。ずっと大工をやってて、人を食った冗談ばっかり飛ばして、談志が「おまえのおやじを見てると、おまえが上品に見える」って言ってた。そんなおやじだけど、俺の焦りみたいなのを見てたんだろうね。

 このあいだ、おやじとおふくろのことを書いた本を出したんだよ。「あんなたぬきババアとゴリおやじのことなんて、本になるのかい?」って言ったんだけど、だから面白いんですってタイトルにもなっちゃった。まあ、ウチの家族の話を通して、戦中戦後の激動の時代を下町の庶民がどう生きてきたか、その雰囲気を知ってもらうこともできるかもしれない。

タヌキの置物を持った毒蝮三太夫さんのご両親

“たぬきババアとゴリおやじ”こと、毒蝮さんのご両親(写真提供/毒蝮三太夫)

親のことをじっくり思い出すのはいい供養になった

 あらためて気がついてビックリしたんだけど、俺はおやじやおふくろが死んだ歳をとっくに追い越した。この歳になって親のことをじっくり思い出すのは、貴重な経験だったね。

「そういうことだったのか」って今さら気づいたこともいっぱいあるし、あの時の俺は親に心配かけてたんだなとか、ああいう親だったからこういう自分になったんだなとか、自分自身に対する発見もたくさんあった。何より、いい供養だよな。

 どこの親にしたって、親には親の人生があって、子どもである自分が知らない一面もいっぱいある。両方でも片方でも親が元気だったら、昔のことをじっくり聞いてみるといいんじゃないかな。子どもの頃は見えなかったことが、自分が50年なり60年なり年を重ねると、そういうことだったのかってわかったりする。

 自分と親との共通の思い出にしたって、今がいちばん多いわけだ。親といっしょに、子どもの頃の家のまわりの地図を作ってみるのも楽しいと思う。あの角の駄菓子屋のババアは意地が悪かったとか、松の木のある家の偏屈なジジイによく怒られたとか。親は親で「駄菓子屋のおばさんはとってもいい人だった」なんて言い出したりしてな。同じ町内でも、大人だった親と子どもだった自分が見ていた世界は違っていだろう。

 父親の職場のまわりや、母親の実家のまわりの地図なんかもいいね。「よく駅前の焼き鳥屋で飲んでから帰った」なんて話を聞いていくうちに、親の今まで知らなかった部分がだんだん見えてくる。親の側だって、テレ臭いかもしれないけど聞かれたら嬉しいはずだ。

 親子の関係がうまくいっている場合はもちろんだけど、わだかまりや恨みつらみがあるなんて場合も、親なりの事情を理解することで許すきっかけになるかもしれない。なんだか話がそれたけど、切っても切れないのが親子の縁だ。時には反面教師にさせてもらったりもして、親の人生という身近な「未知の世界」の探検を楽しもうじゃないか。

「たぬきババアとゴリおやじ」を前にインタビューに答える毒蝮三太夫

毒蝮さんの幼い頃からの記憶を通し、戦前、戦後の昭和史が描かれている新著。誰もが貧しく、苦しい時代を力を合わせて乗り越えてきた日本人の姿は、コロナ禍を生きる現在の私たちへのエールになっている

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毒蝮三太夫(どくまむし・さんだゆう)

1936年東京生まれ(品川生まれ浅草育ち)。俳優・タレント。聖徳大学客員教授。日大芸術学部映画学科卒。「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の隊員役など、本名の「石井伊吉」で俳優としてテレビや映画で活躍。「笑点」で座布団運びをしていた1968年に、司会の立川談志の助言で現在の芸名に改名した。1969年10月からパーソナリティを務めているTBSラジオの「ミュージックプレゼント」は、現在『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』内で毎月最終土曜日の10時台に放送中。84歳の現在も、ラジオ、テレビ、講演、大学での講義など幅広く活躍中。最新刊『たぬきババアとゴリおやじ 俺とおやじとおふくろの昭和物語』(学研プラス)は幅広い年代に大好評!

取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)

1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」など著書多数。この連載では蝮さんの言葉を通じて、高齢者に対する大人力とは何かを探求している。

撮影/政川慎治

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