2018.06.09 |暮らし   

高齢者ドライバーの死亡事故 原因の多くは「視野」にある!?

「またか…」そう思った人も少なくないだろう。

5月28日、神奈川県茅ヶ崎市で、90歳女性の運転する乗用車に歩行者などがはねられ、1人が死亡、3人がケガをする事故が起きた。

内閣府が発表した「平成29年交通安全白書」によると、75歳以上の運転者の死亡事故件数は、75歳未満の運転者と比較すると2倍以上多いことが報告されている(図1参照)。また、交通事故全体の中で、65歳以上の運転者が起こす事故の割合は年々増加しており、平成20年には11.1%だったものが、平成29年には17.9%まで上昇している。

年齢層別免許人口10万人当たり死亡事故件数(平成28年):警視庁資料より

 こうした高齢者の運転による事故は、認知能力や判断力の低下が原因とされることが多い。しかし、実際、事故を起こした高齢者の体の機能を調べてみると、「目」の病気が真の原因になっているケースが多いと話すのは、眼科医として10万人以上の高齢者と関わってきた平松類さんだ。

『高齢者の取扱説明書』『認知症の取扱説明書』の著者でもある平松さんに詳しくお話を伺った。

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ブレーキを踏む反射速度には年齢差はない

「高齢者はブレーキやハンドル反応などが鈍くなっているから事故を起こしやすくなる」というのは勘違いです。反射速度を検査してみると、若い人も高齢者も反応時間は1秒もかわらないことがわかっています。

 ですが、高齢者ドライバーが事故を起こしやすいのは事実。その理由を解析してみると、手足に何らかの症状があり動かしづらくなっている人は別ですが、一般的な高齢者ドライバーが事故を起こす原因は、反応によるものよりも「目」にあることが非常に多いのです。

 メガネで視力を矯正していても、年齢を重ねると、視野が狭くなる、視界が暗くなる、見えない部分が生じるといった、視野の異常が現れて、信号や歩行者が「見えていない」という状況が生まれてしまいます。

高齢者の「有効視野」は10度以下

 運転をするとき、私達は真っすぐ前を見ながら、同時に思考をして、手足を動かします。このときに、明確に見ることができて状況を把握できる領域のことを「有効視野」と呼びます。その範囲は、若い人では上と下方向にそれぞれ20度、左右それぞれに30度くらいだと言われています。

 一方、ボーッとただ前を見ている状態で「見える」部分のことは「周辺視野」と呼ばれ、上下に60度ずつくらい、水平に100度くらいが見える範囲になりますが、運転中は集中して見ているので、「周辺視野」全部が見えるわけではないです。助手席でリラックスしている人のほうが、危険を察知できる範囲が広いのは、「周辺視野」で前方を見ているためです。

 若い人でも「有効視野」はかなり狭いことがおわかりいただけると思いますが、残念なことに年とともに「有効視野」はさらに狭くなっていきます。

 まぶたの皮膚がたるみ、物理的に黒目が隠されてしまう「眼瞼下垂(がんけんかすい)」という症状が現れたり、目の周囲の筋力が衰えたり、はたまた認知機能なども影響して、高齢者の「有効視野」は狭くなっています。ハードコンタクトレンズを長年使用した人は、眼瞼下垂になりやすいと言われているので意識しておいたほうがよいでしょう。

 つまり、集中して見ることのできる範囲が狭まっているために、歩行者が突然飛び出したときや、急な割り込みをされたときなどに、「見える」タイミングが若い人より遅れてしまうのです。逆に言えば、前方の車に突っ込むような事故は、高齢者だから増えるというものではなく、実際には年齢による差はさほどありません。違反を調べてみても、一時停止無視や信号無視、左右不確認は高齢者に多いものの、ブレーキ操作、前方不注意に関しては、あまり変わらないことがわかっているのです。

 先日の茅ヶ崎市の事故で加害女性は警察の調べに対し、「自分の側の信号は、赤だとわかっていたが、歩行者が渡り始めていなかったので、通過できると思った」と供述していると言います。実際には歩行者は渡っていたにも関わらず、ドライバーが渡っていなかったと感じていたとすれば、赤信号は有効視野に入っていたけれど、歩行者は視野に入っていなかった可能性も十分に考えられます。

宇野宏 高速道路と自動車 2001 44(11)より

信号の見落としは、緑内障の可能性あり

 逆に信号の見落としをする老齢者は、緑内障を発症していることが多くあります。

 視野の一部が欠ける緑内障は、症状が徐々に進行するために、片目が完全に見えなくなっていても気づかないことのある病気です。

 みなさんにも一度試してみてほしいのですが、両腕を顔の前に伸ばし、両手の人差し指を立てて並べます。左目を閉じ、右目だけでだけで左人差し指の爪先を見つめてください。そのまま右の指をゆっくり右側にスライドさせていきます。すると、20~30センチメートルほど指の間隔があいたところで右指先が消えてしまうポイントがあると思います。これは「盲点」と言って、誰にでもある生理的な「見えない部分」になります。

 次に、右指だけを引っ込めてみてください。どうでしょうか、視野が欠けているようには思えないはずです。盲点があっても、その部分を脳が想像で補って、不都合なく見えているように感じているのです。

 緑内障で視野が欠けていてもなかなか気づかないのは、盲点を補うのと同じ理屈です。つまり、見えていない部分に信号機があったとしても、そこは空洞や、真っ暗に見えるのではなく、周囲の背景とうまく溶け合って「信号のない風景」として捉えられてしまうのです。ですから、赤信号を見逃したのではなく、「見えていなかった」というのが事実なのです。早めに診察を受けていれば、自分の視野に問題点があると理解し、運転の際にも注意できますが、緑内障であることに気づかないまま運転してしまうと、事故の原因となってしまうことがあるのです。

 白内障も高齢者ドライバーの事故原因の一つになっています。白内障にかかると、視界が暗くなり、夕暮れ時になると非常に見えづらく感じるようになります。日中は見えていたものが見えなくなり、特に青色の識別が難しくなるので、暗い色の服装をした人や物を見落とすことが増えてしまいます。

自宅のガレージで車をこすったら「目の病気」を疑おう

 高齢者が使い慣れたはずの自宅のガレージに車を駐車するときに、車を擦ってしまったとか、ぶつけてしまったという話もよく聞くと思いますが、これらも反応ではなく「見えてない」ことが原因の多くを占めています。

 アクセルやブレーキを踏むタイミング、ハンドル操作の遅れなのではなく、「視野が狭い」、「見えない部分があること」によって、正確な視覚情報を脳に伝えられなくなったことが関与しているのです。今まで、苦労なく駐車できていた場所で、車を擦ってしまったときには、まず目の病気を疑うべきでしょう。

 40才をすぎれば、白内障も緑内障も罹患の可能性が高まります。白内障に関して言えば、治療経験がなければ、80歳以上の人の99%は白内障だといって間違いありません。ですから、70歳までは2~3年に一度、70歳を過ぎたら半年に一度は「目の検査」をして欲しいと思います。白内障は一度手術をすれば、ほぼ一生再発はありませんし、緑内障も目薬で症状をコントロールすることができます。また、「有効視野」に関しても、白内障や緑内障を発症していなければ、「見る」能力の低下を防ぐことができると考えられます。

高齢者ドライバーが危険だからといっても、運転しなければ生活に困る人たちも大勢います。見える「目」を維持することで、安全運転が長く続けられるように、高齢者ドライバーの方には目の検査を定期的に行うことをすすめてもらいたいと願っています。

平松類(ひらまつ・るい)

医師/医学博士。愛知県田原市生まれ。昭和大学医学部卒業。現在、昭和大学兼任講師ほか、二本松眼科病院、彩の国東大宮メディカルセンター、三友堂病院で眼科医として勤務。述べ10万人以上の高齢者と接し、症状や悩みに精通している。NHK「あさイチ」、TBSテレビ「ジョブチューン」、フジテレビ「バイキング」、テレビ朝日「林修の今でしょ!講座」、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」、「読売新聞」「日本経済新聞」「週刊文春」などメディ出演多数。著書に、著書に、『老人の取扱説明書』『認知症の取扱説明書』(共にSB新書)、『緑内障の最新治療』(時事通信社)等がある。

取材/文:鹿住真弓

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