2018.06.26 |ヘルス   

安藤和津が告白「“孫育て”で“介護うつ”から抜けました」

 来て嬉し、帰って嬉し、孫の顔――近年「フルタイム」で孫の面倒を見る祖父母たちは増えている。その上、晩婚化で以前より10才近く上の年齢で孫の世話をすることになる。寄って集まれば「孫疲れ」の話で盛り上がるのも珍しくないという。

「孫育て」で介護うつを抜けたという安藤和津。大阪、高知、東京を飛び回る日々を送っている

 近頃の安藤和津(70才)は超多忙な日々を送っている。週に数日は次女が仕事をする大阪で、合間に長女の暮らす高知で、それぞれの孫の面倒を見る。娘たちの海外出張にも孫連れで同行する。エッセイなど自身の仕事の際は東京に戻り原稿を書く。そして再び娘たちの元へ…。

「次女の安藤サクラさん(32才)は、ヒロインを演じ、カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた映画『万引き家族』の公開と、こちらもヒロインを務める10月スタートのNHK朝ドラ『まんぷく』の撮影で大忙し。昨年生まれたお孫さんを連れた和津さんの姿は大阪の撮影現場でももう見慣れた光景ですね」(芸能関係者)

 映画監督の長女・桃子(36才)も多忙な生活を送る。

「3才のお子さんを抱えて高知に住んでいるんですが、つい最近離婚したんですよ。もともとご主人は修行僧で、すれ違いも多かったようですね。それで和津さんがワンオペ育児を支えています。3月に仕事でローマに行った際もお孫さんを連れて一緒に行っていました。桃子さんが東京に来ることも多くなったようです」(前出・芸能関係者)

 充実した孫育ての日々を送っているようだが、しかしいくら何でも疲れるのでは──?和津に話を聞いた。

「やる気満々だったんです、孫育て。孫に会いたい気持ちだけで行くんです。世話しているんだか、されているんだか(笑い)」(以下、「」内は和津)

在宅介護で母を看取ったあとも続いた「介護うつ」

 疲れた様子も見せずそう声を弾ませる。最近まで十数年もの間、うつに悩み続けたという様相はどこにもない。

長女・桃子(右)は修行僧と離婚、次女・サクラ(左)は超多忙

「去年の12月まで介護うつだったんですよ。それもやっと抜けました」

 発端は1998年に和津の母親に脳腫瘍が見つかったこと。以来、2006年に亡くなるまで母親の介護に時間を費やしてきた。

「うつがひどくなったのは、母が亡くなる1年前からです。在宅介護で看取ったんですが、亡くなった後もずっと介護うつが行ったり来たりしていました。無理してテレビに出ても、言葉が出なくなったこともあるし、ずっと文章も、手紙も書けませんでした」

未来がある孫の世話は大変だけど嬉しい

 昨年末、孫育てにかかわるようになり状況が一変したという。もともと自立して子育てもひとりでこなすサクラが多忙になった時期だった。

「孫にかかわることが、私の中に残っていたうつの種みたいなものを、背中を叩いて出してくれた。孫の世話も介護も同じことを繰り返しやるんですが、結局介護の未来は看取ることしかない。でも孫は未来がある。同じ作業でも癒され方も違います。70才を過ぎてやることが山積みなのは、大変だけど嬉しい。何しろ年寄りは、役に立てるっていうのが幸せですから」

 夫・奥田瑛二(68才)も積極的に手伝うという。

「今日も奥田が高知へ行っています。奥田はメチャクチャいいおじいちゃん。『瑛じぃ(奥田)が孫を抱いたら3分で寝る』っていうくらい、寝かしつけ上手なんです!」

 そう言って「でも私があんまりしゃべると、家族会議でやり玉に挙がっちゃうからこれで失礼するわね(笑い)」と軽やかに語った。

※女性セブン2018年6月28日号

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